8 聖女のもう1つの顔
そして私の耳元に息がかかるくらいに、顔を近づけ囁いた。
「もう他では満足できねぇ。」
!?
ーーーいやいやいや、言われた私が恥ずかしがるならともかく、何であんたがそんなに顔赤くしてるのよッ! 真っ赤よ! 魔力の乱れを示すように腕輪から水泡が溢れてるしっ! ノワール様の前だから照れてる???
シエルの手を掴んだノワール様の指先でキラキラッと泡が弾けてる。シナを作るような目でずっとシエルを見つめていたノワール様は、「ほんとー邪魔だなー。」とポソッと呟いた。
はい、はい、邪魔者は言われなくても退散しますよっ! と思っていたのに、突然『あっー!」と何かを思い出した様子で真っ赤に塗られた唇をパカッと開けた。急に落ち着きがなくなり「私~、忘れ物しちゃった〜!!』と重たいドレスの裾を揺らす。そして掴んでいたシエルの手をパッと放し、代わりに『 シエル様、バイバイ~!!」と二の腕に寄りかかるように体を寄せた。
シエルは普段はノワール様のことを見てるくせに、こうして迫られると唇をギュッと結び、相変わらず視線をノワール様と合わせない。照れ屋???
ノワール様はむわっと強い香水の匂いを残し、少し小走りに来た道をまた戻って行ってしまった。
「どうしたのかしら?? 」
飾りがたくさんついて重そうなドレスの裾が汚れるのも構わないぐらい、相当急いでるみたい。なんかノワール様って、言ってることと振る舞いが少しズレてるような違和感があるのよね。まあそれも、いきなり庶民から貴族になったからかもしれない。
「ノワール様って無邪気で可愛らしい方よね。ねっ?んっ?? シエル? どうしたの?」
シエルは苦虫を噛み潰したような顔のまま、ギロリとこちらを見ると、突然私の髪をわさわさと撫でた。
「きゃっ!何するのよ!せっかくマリアに綺麗にセットしてもらったのに!」
ドレスに合わせたラベンダー色のリボンを飾り、腰まで伸びた髪を綺麗に流していたのに、シエルのせいで前髪がボサボサになってしまった。
「リーチェ、オレも用事を思い出した。クッキー美味かった!」
そう言うと、シエルもまた城の方へと、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
もうー2人ともどうしたのかしら?
今から裏庭に行くのは、王子との約束の時間を考えると中途半端だ。
(仕方ない、今日はこの辺で少し休んでから行きましょう。)
ベンチへと歩きかけた時、隣の木の陰から何かの気配を感じる。見ると、金色の羽を持ち、頭に美しい飾りがついてる鳥のヒナがいた。
「珍しい!! スパルナだわ!」
大人のスパルナは、ドラゴンを食べる。
とても獰猛だから『鳥の王様』なんて言われる。翼を羽ばたかせるだけで、一瞬で竜巻を起こすほどの強い風が吹く。でも、雛鳥の時はすごく大人しい。だから、まだ柔らかいその珍しい色の羽が、密猟者に狙われている。
ーーーこのヒナ、攻撃的な感じには見えないし、どちらかと言うとお腹を空かせてそう。
「お前の親はどこにいるの?」
近くにいないかあたりを見回すが、影も形もない。
ーーーはぐれてしまったの? それとも遊んでるだけ? まあ、いくらなんでもあれだけの猛獣だもの、大人のスパルナが城の庭にいたらさすがに分かるわよね???
ヒナは、青くクリクリしたつぶらな瞳で、バスケットをじぃぃぃと見つめている。
「これ、食べる?」
袋を開けた途端、ヨチヨチと寄ってきて、クチバシを袋の中へつっこみ、パクリと食べてしまった。頭についているフサフサとした白い飾りが、袋を持つ私の顔をくすぐる。
ーーー何なの、この可愛いすぎる生き物は???
人に慣れることは無いと聞いていたけど、この様子を見てると餌付けできそうじゃない?
見てると、クチバシで軽くツンツンと私の手を叩いて、まるでスイーツを催促してるみたいだ。
「まあ、もっと食べたいの? 仕方ないわね。本当は自分のために持ってきたものだけど、これもあげるわ。これで最後よ。あとは王子の分だから!」
袋を開け数個をハンカチの上に取り出し、残りをスパルナのヒナにあげた。ヒナは、フサフサの毛が私の顔に触れるのも構わず、袋の中にクチバシを入れ、バクバクとすべて平らげた。
「スパルナのおチビさん、これはお腹が空いた時に後で食べてね。」
残りのスイーツを包み込んだレースのハンカチを、縦長に丸めてヒナの首に掛ける。
スイーツを平らげたスパルナのヒナは、泉の前に置かれたベンチの隣にうずくまる。そして羽で体を覆うようにして、満足気にスヤスヤと気持ちよさそうに寝てしまった。
「ふふっ、お前はまるでルアナみたいね。ルアナの方がもうちょっといたずらっ子みたいだけど!!」
スパルナのヒナのそばで、泉の前に置かれたベンチに座る。タララーンッと遠くから泉の奏でる音が聞こえてくる。青空の下、ボーッと水の色が七変化に変わるのを眺めてると、時間が経つのを忘れてしまう。
(ハァ〜!! 何て心地よい時間なのかしら。ホッとする!!)
頬に暖かい風が当たり、気を抜くと、このままここで寝てしまいそうだ。しばらくうとうととしていると、突然ポツンと冷たい雫が頭に落ちた。
「ドラゴンの涙・・・。」
街の人たちは、雨のことを”ドラゴンの涙” と呼んでいる。
ドラゴンは時に、雨を操るほどの力を持つからだ。今日、子どものドラゴンが捕えられたために、ポツポツと雨が降り始めたのかもしれなかった。
「少し早いけど、王子のところへ行ってみよう。スパルナのおチビさん、私、行かなきゃ。」
ヒナに向かいそう言うと、小走りに庭を駆け抜け、王子の執務室へと向かった。途中、城の侍女に見咎められ、危うく着替えに連れていかれそうになり、焦ったけれど、丁重にお断りした。
ーーーいちいち、大袈裟なんだってーの。少しぐらい濡れても大丈夫だわ。むしろ私よりドレスの方が心配よね。
そうして、王子の執務室の扉の前の前まで来た時だった。
!?
ーーー話し声がする? まだ仕事中だったかしら?
出直そうかし・・・!?
「ローラン王子~、この後リーチェリアに会うんでしょ~? もう分かった?」
私のこと?
「ああ、よく分かった。君の言うとおりだった。リーチェの作ってくれた菓子には、”魅了”の惚れ薬的な魔法が施されていた。貴重な花魔法をこんな事に使うのは許せないし、悲しいが私はリーチェに騙されていたってことなんだね。」
ーーーはぁあああああああああああああああああ?????
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます