7 聖女

「んっ? どうしたの、シエル?」


急にその紫水晶の瞳を鋭く光らせ、気配が鋭くなった。


「わぁ~美味しそう~!!」

コツコツという足音とともに、甲高い声が聞こえてくる。



「ノワール様!!」


城の方から歩いてきたのは、最近神殿から聖女認定されたノワール様。庶民出身は収まりが悪いということで、子爵であるモーヴェ家の養子となった。バサッと重そうなスカートを揺らし、両手を胸の前で組み、聖女の証である金と翡翠のネックレスをつけている。


ノワール様は、私が手に持つバスケットに目を留めた。


「よろしければアーモンドスイーツいかがですか? 焼きたてで美味しいですよ!!」


貴族の令嬢たちでお菓子を配り合うのはおかしいことではない。ただしそれらは、専門の料理人の手によるものに”限る”。貴族の令嬢が戯れに作ったものは、まるで庶民のようだと敬遠される。


『そちらはお手製ですか?』『没収させていただきます。』・・。

思い出してしまった。城に持参した自作のスイーツの大半が、侍女に没収され王子の口に入ることはほとんどなかった。ただ今日は、事前に城から許可をとってあるから大丈夫だろう。


「わー!! 嬉しい~!!! ありがとっ!! では一枚!!」


ノワール様は、軽く飛び跳ねるようにこちらへ近づいたかと思うと、喜んだ様子でバスケットの中を覗く。彼女は聖女認定されてからは、貴族のマナー教育を受けてるはず。でもいまだに振る舞いはかなり自由だ。そして聖女という神聖な地位ゆえ、それがある程度許されてもいる。


「一枚と言わず、小分けにして袋に入れてきましたので、良ければこちらをどうぞ。」


オレンジのリボンで飾った透明な袋を渡した。ノワール様は受け取るとすぐにそれを、クシャッとドレスの下のポーチに仕舞い込んでしまった。(形が崩れちゃいますよ!)と思ったけれど、私は出しゃばるべきではないわね、と口をつぐむ。





チラと見えたノワール様のポーチには、精巧な刺繍が施されていた。ドレスのスカートの両脇が開いていて、そこから腰に紐で吊り下げたポーチに手を伸ばせるようになっているのだ。


一般的な令嬢はここにハンカチを入れる。私は自作のスイーツをこっそり入れる。


好きな時につまみ食いしたいっ!のも否定しないけど、何より出会う動物たちにいつでもあげられるようにって。ルアナともそうして出会ったのだから・・・。




「わあ~! それはローラン王子へ?」


ノワール様の視線の先には、バスケットの中にとりわけ1つだけ大きな袋があった。分かりやすいよう目印に、金色のリボンが巻いてある。


「ええ、今日は王子に呼ばれてるので、特別に作ってきたんです。」


一応婚約者だし、これぐらいいいよね? 以前、渡せた時は、王子も喜んでくれてたし。


「そうなんだ~! ロワール王子は、『甘い菓子は本当は気持ち悪くて嫌だ~』と言ってたんだけどな~? あ、でも、リーチェリア様の作った菓子じゃないと思うから安心してね~!」


ノワール様は、無邪気な様子でキャッキャッと笑顔で私の顔を覗き込んできた。




「そうでしたの・・・。」


喜んでいた王子の顔が思い浮かんで、チクリと胸に何かが刺さったような感覚を覚える。でも、シエルならまだしも、ロワール王子が甘いもの嫌いなんて初耳なんですけど? 王子が私の前でわざわざ無理して取り繕う必要だってないだろうし、ノワール様の勘違いかしら??


(なんか納得いかない。)


シエルはシエルで、私たちの会話に興味がないそぶりをしてるけど、ノワール様の一挙一動、目で追ってるのが分かる。幼馴染として、あんたの恋は応援したいから、ここに私1人で残り、2人を一緒にしてあげましょうか??


「ノワール様! 私、約束の時間より早く来すぎてしまって・・・。天気も良いですし、しばらく裏庭で泉でも眺めていこうと思ってます。良かったら、2人で先にお帰りになって。」


虹の泉を眺めたくて、わざと少し早く出てきたのは本当だ。自然の美しい場所で、花魔法で自作したスイーツを味見するのが、何よりの私にとっての癒しなんですもの!!


「そうなんだ~!! じゃ、シエル様っ、行きましょう~!!」


そう言ってクルッとシエルの方へ向き直ると、目をうっとりとさせ、シエルの大きな手を両手でギュッと掴んだ。そして、私のことはもう目に入らないとでも言うように次々と話しかけている。


「シエル様!! ドラゴン退治すごい~!! さすが英雄って、みんな言ってるよ~!! あ、そうだッ! 破れた服、私が縫ってあげるよ~!! 服が破れても直せないとか、女性失格でしょ?? 」



!!!


ーーーここにいますよっ!直せないどころか、さらに穴を大きくしてしまうほどの不器用な女性がっ!




ノワール様は庶民の時に、仕事としてやっていたから裁縫はかなり上手だと聞いたことがある。私の場合は、令嬢の嗜みとして学ばされたが、あまりの出来の悪さに家庭教師がサジを投げてしまった過去がある。



「英雄なんて、オレは別に、ンな大層なもんじゃねぇ。服は、家のもンに直してもらうから、大丈夫だ。」


顔を背けてノワール様の方を見ようともしないけど、照れてるのかしら?


「せっかくノワール様がこう言ってくれてるんだから、やって貰えばいいじゃない。」


ーーー本当は嬉しいくせに、素直じゃないんだから。


私がノワール様に服を直してもらえばと言うと、シエルがムッとした様子で眉を顰める。


「以前、誰かさんに、服とは似ても似つかねぇ、ただのボロボロの布切れンなって返されたのが、忘れらンなくてなぁ。」



はぁ?? 人の努力の結晶がボロボロの布切れって何よソレ!! いや、たしかに以前シエルの服を直すつもりが、ボロ雑巾の方が大分マシだというぐらいにしてしまったことは、一応悪いとは思ってるのよッ、、、せっかく忘れてたのに、思い出させないでよっ!




そして私の耳元に息がかかるくらいに、顔を近づけ囁いた。





「もう他では満足できねぇ。」

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