四章

子供が見えた辺りまではほぼ一本道で道に迷うことはなかった。虫の声だけが聞こえる夏の夜。まだまだ昼間の太陽の熱が地面に残っていて、体にまとわりつく。


「この辺りだ……」


じっくりと探すため、車を降りる。坂道の傾斜は上りになりかかっていた。


「おーい!誰かいるのかい!」


返事はない。声を上げながら一本道をさらに登っていく。


「おーい!危ないから出ておいで!」


しばらく声をかけながら進む。相変わらず虫やカエルの鳴き声や川の流れる音だけが聞こえている。


と不意に。


羽多野は微かに草の擦れる音を聞いた。


カサカサと。小さく。しかし確かにそう。数メートル先から。


山が静寂に包まれた気がした。


またカサカサと微かに。息を潜めた何者かの気配。全身が緊張感に痺れる。


「誰か……そこにいるのか……?」


草の隙間に隅々まで流れ込んだ闇。人の侵入を拒むそれを踏みつけ、一歩踏み出す。


その瞬間、草むらが一際大きな音を立てた。黒い塊の様に見える何かが道に躍り出る。道を一心不乱に駆け上るそれは確かに先ほどベランダから見た少年だった。


「君!待って!どうしてこんなところに!」


振り返ることもせず全力で逃げ出す姿に不気味さを覚えたが、そうも言っていられない。すぐに後を追う。しかし羽多野の目は道に残されたあるものに奪われた。


それまで気づいていなかった少年の痕跡。コンクリートのヒビに染み込んで広がった赤黒い液体。妙な粘り気と月の光を弾く艶。


これは血⁉︎


それは確かに少年が逃げ出した方に続いていた。革靴で地面を蹴り、闇の中へと走った。


地面に垂れた水滴の跡は草むらに飛び込むことなく続いていた。しばらくすると別れ道に差し掛かる。水滴の跡は左の方へ。しかし右の道にはすみれ霊園と書かれた看板があった。


幽霊を信じていたわけではないが、墓地へ向かったのではなかったのか。

では一体どこへ?


ますます膨らむ不気味さを抑え込みさらに追う。徐々に山が深くなっていく。しかしここは確か……


水滴の跡がやがてコンクリートの道から未舗装の山道に入る。その頃には跡を追わずとも既に立っているのもやっとといった様子で膝に手をついている姿が見えた。ああ、やはりここは……


「待ってくれ。どうして逃げるんだ。どうして……」


問いかけながらある種の予想の靄が頭の中で形を成していた。


「君、誰だい……?どうしてこんな……」


激しく息を切らす少年はそのまま嗚咽を漏らして泣き始めた。鳴き声は徐々に大きく激しくなっていく。宥めるため背中をさすってやろうと近づき、ランドセルをおろしてやる。少年はもはや抵抗することなく泣き続けていた。


ランドセルはずっしりと重かった。さすってやりながら中身を確かめる。留め具を外そうと手を伸ばすと、ぬるりとした感触があった。蓋部を開き覗き込む。覚悟はしていたが凄まじい衝撃だった。


ランドセルの中には人間の頭が無造作に突っ込まれていた。ところどころ皮膚が爛れ、そこら中から気味の悪い汁が溢れている。さらに手提げ袋の中には切り取られた腕が二本入っていた。袋の内側は血がべったりとこびりついている。


切断された足が見つかった現場。小学校の近くから山に入り込んだそこに死体を棄てたのはこの少年だったのだ。


「どうしてこんなことを……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


顔をぐしゃぐしゃにして泣き続ける少年をしばらく抱きしめるようにして宥めていた。

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