三章

 この辺りの地形は小さな盆地になっている。

 切断された足が見つかった場所はベランダから見て右手にあるはずだが、見渡せる道からさらに奥まっていることもあって見えなかった。


 向かい側の斜面を登ったあたりに白く大きな建物が見える。


「あれが小学校ですよね?」


 羽多野が溝口に問いかける。


「ええ。そうです」


 地図を確認する。小学校からこの建物までは概ね鏡文字のS字型に道が通っていて、小学校からの最初のカーブで道を外れて山へ向かったあたりに現場が、二つ目のカーブを超えたあたりに先ほどの公園がある。羽多野は再び溝口に問いかける。


「この辺りに墓地はありますか?」

「墓地ですか。ええと一番大きいのはここかな」


 羽多野が差し出したスマホの画面を操作し、一部を拡大する。ここと学校の中間より少し小学校の方に進んだあたりにすみれ霊園と書かれたアイコンが表示されていた。


「この辺りで墓地といえばここだと思いますね。ねえ刑事さん。どんな事件を調べてるのかちょっとだけでも聞けませんかね。協力しますよ」

「今のところは幽霊探しですかね」


 溝口が目を丸くして驚く。それから拗ねた様な笑顔を見せる。


「いかに私が素人でも幽霊探しじゃあ誤魔化されませんよ。まあ話せないことなんでしょうがね」

「すみません、捜査上のことですので。メディアの発表をお待ちください。ところで協力していただけるのでしたらこの部屋を貸していただけませんか」


 溝口が先ほどよりさらに大きなリアクションで驚く。


「ええっ部屋をですか。もちろん入居の予定はないので会社の方に許可を取れれば構いませんが……まさか本当に幽霊探しを?」


 返事の代わりに羽多野はニヤリと笑ってみせた。



 一度家に帰って泊まり込みの準備を済ませ、羽多野は再び団地の一室に戻っていた。時刻は午後九時。幽霊が出たという時間まではあと二時間だ。


「照明とエアコン以外には何もないので不便とは思いますがそれらはご使用になられて構いません。こちらが鍵です。また明日こちらに顔を出しますので続けて張り込むかどうかはその時お伺いします」


 それでは、と言い残して溝口はドアを閉めて去っていった。


 冷房はつけたが、あまりに室内が丸見えになるのも抵抗があったので明かりは豆電球だけをつけた。弁当類と一緒に夕刊を何社か買って来たが、まだ報道は始まっていない様だった。何もわかっていない状況では混乱を招くだけだと判断したためだろう。


 何も起こらないまま時間が過ぎていく。墓地に続く道路を中心に街を眺めているが不審な姿は見られない。自分は全く馬鹿なことをしているのではないかという不安が無くはなかった。


 そしてさらに時計の針が回り午後十一時を過ぎた頃。冷静に考えればば子供の見間違いに違いないと早々に眠ることにしたその時、ちらりと確認した窓に羽多野は信じられないものを見た。豆粒ほどの大きさではあるが確かに人の形をした、それも確かに男の子のような姿をした何かが墓地の方に向かって歩いているのが見えたのだ。突如姿を消すこともなく、それはフラフラと歩き続けている。


「マジかよ……」


 慌ててカバンから双眼鏡を取り出す。一度生唾を飲み、覗き込むとそれは確かに子供の様だった。紺色のジャンパー。カーキ色のズボン。手提げカバンを持ち、黒のランドセルを背負っている。


「まさか本当に……?」


 羽多野はオカルトを信じる方ではなかった。異様な光景ではあったが、彼はそれをこの時間に一人外出をしている子供がいる、と解釈した。


 ならば保護しなければならない。すぐに部屋から出て階段を駆け下り、車に乗り込んで坂を降り始めた。

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