二章

 聞き込みは空振りに終わっていたが、あまり期待していなかった分、羽多野の心中はさほど乱れていなかった。昼間でもほとんど人の通らず、街灯もまばら。周辺の民家も少ない田舎道での目撃情報など見つかる方がおかしいとさえ思えた。

 少し足を伸ばした住宅地で何度目かの空振りをした後、自販機でコーラを買った。


「目撃者はゼロ、か……」


 取り出し口に手を差し込み、思わず独り言が出る。それを同じく飲み物を買いに来た子供が聞いていたのに羽多野は気づかなかった。


「目撃者?おじさんも幽霊探してんの?」


 突然かけられた声に驚きそちらを見る。声の主の少年がじっと羽多野を見つめていた。


「幽霊?」

「うん、幽霊。俺見たんだ。誰も信じてくれないけど」


 そう呟く様に話しながら少年はポケットから出した小さな財布から硬貨を数枚取り出し、レモン味の炭酸ジュースを買った。


「俺の家向こうのマンションなんだけど、夜中窓から見たんだ。お墓のある方に男の子が歩いてんの。夜の十一時だよ?絶対幽霊だと思うな、俺」


 公園の方からいつの間にかやって来た少年の友達がそれを聞き、口々に茶化し始める。


「また幽霊の話してる。有り得ねえって」

「だって幽霊じゃなきゃ一人であんなとこ歩いてるのおかしいだろ」

「別に普通に人だろ。ただの道じゃん」

「じゃあお前一人で行けんのかよあんなとこ」


 わいわいと騒ぎながら誰かが走り出したのをきっかけに追いかけっこが始まり、公園の方に揃って去っていった。住宅地に響く足音と笑い声がなんとなく懐かしく感じられた。


 着信音が羽多野を感傷から現実に引き戻す。相手は巽だった。


「羽多野です。何かわかりましたか」

「ええ、色々と詳しいことが」


 被害者は30代の女性。切断された足は見立て通りノコギリで切り取ったものだった。出血の具合を見るに、足の持ち主は命を奪われた後に足を切断されているらしい。


「それから妙な点が一つ。これは偶然なのか意図的なのかはわかりませんが、パーツは全て四七センチに切られていました」

「全てですか。それは確かに妙ですね」

「ええ。もちろん多少の誤差はありますが概ね四七センチに統一されています」


 その中途半端な数字が何を意味するのか羽多野には見当もつかなかった。もちろん巽にもだ。


「皮膚についた指紋などは残念ながら検出できませんでした。報告は以上です」

「ありがとうございました」


 通話を終了し、飲みかけていたコーラを喉に流し込むと車に乗り込んだ。


「あてもないし幽霊の見えるってマンションに向かってみるかな……」


 公園のある辺りからさらに坂道を登った先に見える白い団地に向けて車を走らせ始める。クーラーから吹き出す熱風に顔を顰めた。


 十分ほど走ると目的の団地に辿り着いた。三棟白い建物が並んで立っている。管理会社に連絡をし、捜査をしたいので上がらせて欲しいと伝えるとかなり驚いた様子だったが許可がおりた。


 三十分ほど待っていると銀色のセダンに乗った管理会社の社員がやって来た。羽多野を見つけるとぺこりと頭を下げて近づいてくる。


「こちらの建物を管理している会社の溝口です。お電話のあった羽多野さんですか?」

「そうです。お忙しいのにお呼び立てして申し訳ない。あの棟の屋上か、できるだけ上の階の空き部屋に上がらせていただきたいんですが」


 ベランダ側が開けていて街を見渡せそうな一番南の棟を指差す。


「でしたら最上階の部屋が一部屋空いてますんでそちらに。あのう、うちの建物で何か……」

「いえ、この建物とは関係ないんです。このマンションがこの辺りを見渡すのに一番良さそうだったもので」


 七階まで続く階段を二人で息を切らしながら登る。一歩一歩の音が響く。辿り着く頃に溝口は肩で息をしていた。


「いやあ、さすが刑事さんはタフですね。日頃から運動しなきゃダメだな。あ、こちらです」


 溝口が深緑色の扉に鍵を差し込み捻る。重そうな鉄の扉が開き、二人が三和土から玄関にあがる。


「どうぞご覧ください。ベランダがあるのはその左の部屋です」


 言われた通り進みベランダに出る。思った通り良い眺めで傾き始めた日に照らされた街がよく見える。今登って来た坂道や先ほどの公園、さらにその先まで見渡せた。羽多野は早速スマホの画面に表示された地図と目の前の光景を照らし合わせ始めた。

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