夏の思い出

天洲 町

一章

 何も植えられていない土の表面がカラカラに乾ききっている。雑草の生えた畑を右手に見ながら畦道を小川の方に向かって歩く。端まで歩くと草が伸び放題に伸びたなだらかな斜面が水際まで続いており、覆い被さる様に茂った樹々の青い葉が影を作っている。陰気臭くもあるが、汗が吹き出してくる日照りのなかでせせらぎが聞こえるここはオアシスの様に思えた。


 そんな山深い田舎の静かな風景にはいかにも不釣り合いな立ち入り禁止を示す黄色のテープを羽多野省二はくぐった。スーツの下のシャツは車を降りて数分しか経っていないのにも関わらず、じっとりと汗ばんでいた。


「どうです。何か見つかりましたか」


 鑑識の制服をきた男に声をかける。


「おお、羽多野さん。通報のあった足の一部以外には今のところ何も」


 鑑識の男は巽清彦といった。羽多野とは昔から馴染みの仲である。


「実際見ても構いませんか」

「ええ、どうぞ」


 草を分け入るようにして進む巽。羽多野もその後を追う。少し進むと草が倒され窪んだ場所がある。倒された草には赤黒い液体がこびりついており、何とも言えない不快な臭いを放っていた。


「ここが見つかった現場ですね。通報者はそこの畑の持ち主の方です」


 近所の小学校で子供達に挨拶のボランティアをするために来ていた女性で、ついでに畑の掃除でもしようとやって来た所、妙な臭いに気がついた。

 恐る恐る草むらの方を見てみると切断された人間の足を見つけたのだ。


「小学校?今は夏休みじゃないんですか?」

「夏休み期間ですが、今日は登校日だったそうで。幸い子供達の登下校路からは外れている様で騒ぎになることはありませんでしたがね」


 現場保存という意味でも良いことだが、子供達に見せるには少々刺激が強すぎる代物だ。二重の意味で羽多野はほっと胸を撫で下ろす。


「浮かれて探検に出かけるヤンチャがいなくて助かりましたね」

「そうですね。ちびっこ探検隊にトラウマが残らなくて良かった。見つかった体の一部はそちらのテントに安置してあります」


 さらに巽に続いて歩き、羽多野はそばに設営されたブルーシート製のテントの中に入る。先ほど嗅いだ臭いがさらに強烈になって鼻腔を突く。先客の刑事が数名難しい顔をしている。


 見つかったのは四つ。両足の股関節あたりから膝あたりまでの部分と、膝から爪先までの部分だ。どれも腐敗し始めていて、皮膚は黄色っぽい色や赤紫色に変色していて、切り口は血が固まってどす黒くなっていた。


「これは何というか……」


「ええ、何とも酷い。死体を隠すつもりならその辺から適当に山に登って埋めるなりしたでしょうから見せつけるのが目的の猟奇殺人かもしれません」


「切断面をみるとかなり損壊している様ですね。チェーンソーかノコギリかそんな所ですか?」


「そう考えていただいて良いでしょう。どちらかといえばチェーンソーよりもノコギリで何度も引いたようだと見られていますがはっきりしたことは詳しい調査結果が出るまでは何とも」


 殺しただけでは飽き足らず、バラバラに体を切り刻む。激しい憎しみを抱えていたのか、巽の言う通り猟奇殺人なのか……これから対峙するかもしれない犯人の姿を想像し、羽多野の握った拳にに力がこもる。


「他にわかっていることは被害者が女性であるということ。それから死後五日程度経過しているだろうということくらいです。また詳しい情報が入ればお知らせします」


「よろしくお願いします。じゃあひとまず聞き込みから始めることにします」


 ブルーシートをめくり炎天下に再び繰り出す。既にメディアの人間の姿が畦道の向こうの道路にちらほらと見えた。

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