最終話 新たな自分
「……よし、配信の準備オッケー」
神庭に設置した配信機材を見ながら私は満足感に浸る。前に使っていた物よりもグレードアップさせた事でその性能もたしかだし、表面もまだまだ艶々としていたから、見ていてとても気持ちがよかった。
「久しぶりの配信だし、緊張しないようにしながらやらないとなぁ」
そんな事を呟いていた時、そこに近づいてくる足音が聞こえた。
「イサミ、準備は順調か?」
「ゴドフリー君。うん、バッチリ。これでいつでも始められるよ」
「そっか。それじゃあ俺はそれを特等席で見させてもらおうかな」
「うん。それにしても、最後の配信からもう何ヵ月も経ったんだね……」
そう言いながら私はその時の事を想起した。最後の配信を終え、その翌日に私は学校で秋緋との決着をつけた。秋緋の両親とも話をした結果、和解という形は取らず、裁判も経て秋緋は少年刑務所に入る事になった。
秋緋は最後の最後までそれを阻止しようと色々言っていたけど、その様子はあまりにも子供っぽく、こちら側だけじゃなく秋緋側の弁護士さんも呆れた様子だった。
少年刑務所に入る際に学校も自主退学をしているため、今後の秋緋の人生は辛い物になるだろうけど、私は今後秋緋には関わらないと決めているので後は秋緋次第と言えるだろう。
「遊びのつもりでやった事に首を絞められたわけだし、これで秋緋も何でもかんでも遊びのつもりでやろうなんて思わなくなれば良いけどね」
「そうだな。それにしても、もう数ヵ月も経ったんだな。俺からしても、その日は色々あった日ではあるし、もうそんなに経ったのかって感じだよ」
「そうだね……」
そう、その日はゴドフリー君にとっても特別な日であり、一つの王国がなくなった日でもあるのだ。
その国の王族や大臣達は表向きは地位やお金を与えた事で裏切った事にしていたけれど、本当は仲間だった人達にとって大切な人達を人質に取って裏切るように脅しており、それが国民にも発覚した事で王様以下主だった人達は全員が投獄された。
その後、王国は王様を継ぐ人がいなかったために無くなったけれど、その代わりとして共和制を取る事にしたようで、今は手探り状態で政治を進めながらどうにか頑張っているようだった。
そしてゴドフリー君を裏切った人達はと言えば、その共和国には残らずにそれぞれの国へ帰ったり新しい人生のために旅に出たり、とそれぞれの道を歩み始めたらしい。
ゴドフリー君はもうその人達とは関わる気はないし、何かあっても手助けはしないとは言っていたけれど、話をしている時の表情は穏やかであり、前よりもその人達との関係は軟化したように見えていた。
「お互いに決着をつけた日にはなったし、一種の記念日みたいな感じだね」
「だな。言うなれば、新しい自分になった記念日って感じか」
「新しい自分になった記念日……うん、そうだね。それが良いかも。と言っても、神野和にとっては今日が新しい自分の記念日になるんだけどね」
そう言いながら配信用のテーブルに置かれたイラストに目を向ける。そこには新衣装になった神野和が描かれていて、今までの和装とは違う少し西洋風な服装に身を包んで首からは麻紐が通されたペンダントを掛けているという形になっていた。
「これまではただの和神VTuberだったけど、これからは勇者ゴドフリー・ガードナーの女神でもあるからね。今までの和の装いだけじゃなく少し西洋風の感じも加えてみたんだ。髪飾りなんかは変えてないしね」
「なるほどな」
「ティアさんも今回の復活配信はちゃんと観てくれるって言ってたし、ちゃんと張り切らないと」
拳を軽く握りながら言っていると、その上からゴドフリー君が手をそっと載せてきた。
「イサミなら大丈夫だよ。これまでみたいに自分も楽しみながら配信をすれば良いんだからさ」
「ゴドフリー君……うん、そうだね。自分も視聴者も楽しみながら配信をする。それが私達のやり方だから」
「そうだな」
ゴドフリー君が頷きながら言った後、私はテーブルの上の時計に目を向けた。
「そろそろ時間みたい。よし、まずはマイクがオフなのを確認してから、蓋絵を出して……」
「ところで、これからも個人勢って形でやってくのか? この前の件で色々な事務所から声は掛けられたって言ってたけど……」
「うん、それは全部お断りした。事務所所属だと色々厄介そうだし、個人でやってる方が気が楽だからね」
「なるほどな。よし……それじゃあ俺もそろそろ静かにしてるか。イサミ、頑張れよ」
「うん、ありがとう」
ゴドフリー君からの激励に答えた後、私はヘッドセットをつけた。そして配信準備中の画面の中で流れてくるコメントを見ながら三神勇美から神野和へ意識を変え、完全に意識が配信用に切り替わったのを確認した後、私は観てくれている友神みんなの事を思いながら口を開いた。
「皆さん、乙神様でございます。和神VTuberの神野和でございます」
和神VTuberと追放勇者の箱庭開拓スローライフ~和神VTuberだった私が追放勇者の女神になった話~ 九戸政景 @2012712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます