第57話 窮地と声

「ヴアァーッ!」

「グルァーッ!」



 そんな声を上げながらみんなは自分の武器を俺に向けて振るってくる。ただ、正気の時とは違ってその攻撃は狙ってきているものではなかったため、躱すのは結構簡単だった。



「よっと……イザナギノミコト、人質だった人達を避難させてくれるか?」

「承知した。ゴドフリー、油断はするなよ」

「ああ、もちろんだ」



 俺が頷いた後にイザナギノミコトは人質だった人達と一緒に青い渦の中へ消え、俺は再び王子だった物に視線を向けた。


 王子だった物は黒ずんだ肉体をうねらせながら唸り声のような物を上げており、触手によって傀儡となったみんなもそれに呼応するように唸り声のようなものを上げていた。



「みんな……」



 正直な事を言えばとても見ていられなかった。王子達の策略によって仕方なく裏切ったとはいえ、みんなは色々な事を一緒に経験してきた仲間であり、大切な友達でもあった。


 そんなみんながこんな姿になった事はとても辛く、何か出来ないのかという気持ちでいっぱいになっていた。



「神様達、何か方法はないか?」

「先程の男はこれは魔法薬の力によるものだと言っており、お前のかつての仲間達は力を吸い取られた事で傀儡となったとも言っていた」

「ならば、あの異形とお前のかつての仲間達は何らかの結び付きが出来ている可能性が高い。よって、あの異形さえ滅してしまえば傀儡となった者達も助かるかもしれんな」

「だが、それもいつまで通じる話かはわからん。今は傀儡となって時間もあまり経っていないが、戦いが長引く事で体が徐々にそれに馴染んでいき、あの異形を倒しても助けられないという事にもなりかねんからな」

「そうだよな……」



 要するに、自分から謎の魔法薬を飲んだ王子と違って、カルヴィン達は無理やりその成分を注入された形で、それによって王子だった物と魔力による結び付きを無理やり作られた形になっているのが恐らく現状。


 だから、王子だった物をどうにかして倒し、その命さえ絶てば結び付きは無くなり、みんなも助けられるかもしれないけど、みんながより王子だった物に近づいてしまえばその可能性も限りなく低くなってしまう。つまり、本当に急がないといけないのだ。


 幸い、俺には女神様の祝福によって得た浄化の力と聖なる力があるので、それを使って戦うのが一番なんだろう。元々は魔王を倒すための力と言われていたけど、これもまた仕方ないのだ。



「よし……神様達はとりあえず王子だった物が他の人に迷惑をかけないように周辺を結界か何かで覆ってくれ」

「わかった」

「コイツらは……俺が何とかする。そしてみんなを助けて、ノドカのところに戻るんだ」

「それをあの若き女神も望んでいるだろう。さあ行くが良い、異世界の勇者よ」

「その力で見事この世界を救ってみせろ」

「ああ、もちろんだ!」



 神様達が見守る中、俺は剣を握り直して王子だった物へ向かって走り出した。そして俺の中にある聖なる力を高めながら剣に籠め、それを王子だった物へと突き刺した。



「これで……どうだっ!」

「グウゥ……!?」



 王子だった物は苦しそうな声を上げる。この聖なる力というのは、邪悪な力を持つ者だけじゃなく、よこしまな心を持つ者にも効くようなので、王子だった物には効果は抜群なのだろう。



「よし……このまま行けば……!」



 相手への効き具合を見て、俺は勝ちを確信した。けれど、その気の緩みが良くなかった。



「グウゥ、グルアァーッ!」



 王子だった物は大きな唸り声を上げると、俺の剣を触手で掴み始め、折るために力を入れ始めた。



「なにっ!?」



 その行動に驚いている内に王子だった物は刃を大きく高い音を立てながら折ると、刃の破片が散らばる中で元気を取り戻した様子で今度は俺の首を絞め始めた。



「ぐっ……あがっ……」



 苦しさの中で俺の体はそのまま地面に叩きつけられると、骨にヒビが入ったような音が聞こえ、それと同時に強い痛みが走った。



「ぐぅっ!?」



 痛みと苦しさ、その二つの辛さを味わいながら俺の体が地面に横たえられると、傀儡となったみんなが俺の事を見下ろし始めた。



「み、みんな……」



 すっかり変わり果ててしまったみんなを見ながら俺がどうにか声を出していたその時だった。



「……スケ、テ……」

「え?」

「ゴ、フリー……」

「ス、マナ……ッタ……」



 みんながそんな声を上げ始め、ミラベルの目からはポタリと一粒の涙が溢れ、それは俺の頬へと落ちた。



「い、今のって……」



 途切れ途切れではあったけど、みんなから聞こえた声は俺に助けを求める物や謝罪であり、それを聞いて俺はこんなところで負けられないという気持ちが強くなった。



「……ま、まだだ! まだ、倒れるわけには……!」



 そう言いながらも俺はどうすれば良いかはわかっていなかった。頼みの綱の剣は折れてしまっているし、神様達には結界を張るために離れてもらっているから助けを求める事も出来ない。


 そんな危機的状況の中でどうすれば良いのかまったく見当がつかず、俺は苦しさと痛さを感じ続けていた。



 そして、遂に意識が朦朧とし始めたその時だった。




『ゴドフリー君!』



 そんなノドカの声が俺の頭に響いた。

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