第56話 王子の末路

「ど、どうし──」

「何故そいつらがここにいる!?」



 カルヴィンの声を遮るようにしながら王子が怒りと驚きが入り交じった声を上げる中、俺は説明を始めた。



「大切な人、ノドカと一緒に気にはなってたんだよ。どうしてカルヴィン達が俺を裏切ったのか。それで、ノドカが何か理由があるかもしれないって言うから、王国に異変を起こすついでにエリクシオンの神様達に頼んで色々調べてもらってたんだ。

そしたら、牢獄に捕らえられている事を知ったから、昨日助け出してもらったんだ。そうすれば、カルヴィン達が人質を理由に王子達の味方をする必要もなくなるし、この人達に罪はないからな」

「だが、牢獄は一日中見張らせていたはずだ! その中で助け出すなど!」

「お前さ、バカなのか?」

「なに!?」



 俺の言葉に王子が更に怒りを見せる中、俺は呆れながらため息をついた。



「……俺達には神様達がついてるんだぞ? 姿を消して近づく事も頭の中に呼び掛けて協力を仰ぐ事も出来るし、助け出した後は魔力で作った身代わりを置いておけば問題ないんだよ。やっぱり、城でぬくぬくしてただけの奴って頭悪いんだな」

「ぐ、ぐぐ……!」

「それに、今頃は神様達が入れた国民達が王城で王様や大臣達に対してこれまでの不満を言ったり捕まえたりしてるはずだし、お前だって城に戻れば同じ目に遭う。これがお前達に下された神罰だよ、王子!」

「ぐっ……まだだ! まだ僕達は終わってなど──」



 その時、王子の体を剣が貫いた。



「ぐぶっ!?」

「えっ……?」



 ミラベルが驚きながら見たのはカルヴィンであり、王子の体から剣を抜いたカルヴィンの目には怒りの色が浮かんでいた。



「……王子だからといってお前みたいな奴に従ってた自分がバカらしくて仕方ない。両親を人質に取られたのなら、どうにかしてゴドフリーに相談すれば良かっただけなのに……!」

「カルヴィン……」

「き、貴様……! ぼ、僕に刃を向け、その汚ならしい剣で貫くとは……ど、どういう了見だ……!?」

「どういうも何もこういう事だよ。両親が助け出された以上、お前の味方をする理由なんて俺達にはない。だけど、もうゴドフリーだって俺達と一緒にいたくはないだろう。だから、せめてお前だけでも殺して、後は王族殺しの本物の逆賊として罰でも受けるさ」



 そう言うカルヴィンの顔は覚悟を決めた物であり、ミラベルを含めたかつての仲間達は誰もそれを止めようとはしなかった。



「あ、ああ……い、嫌だ……! ぼ、僕は偉大なる王子で、勇者なんだぞ……! こ、こんなところで……し、死ぬような人間では……!」

「死ぬような人間なんだよ、お前もあの王様も。いや、死ぬべき人間なんだよ」

「ぐっ、ぐぐ……!」



 剣が抜かれた部分から流れる夥しい量の血が大地を赤く染めていき、誰もが事の終わりを予感したその時だった。



「……ここで終わり? そんなわけはないだろう、勇者よ」



 そんな声と同時に王子のそばには黒いローブの人物が現れた。



「なっ……!?」

「き、貴様は……!」

「ほう、我を覚えていたか。そうだ、以前この地をお前達が攻めた際に相手をしてやった者だ」

「な、何のために来た……!」

「お前が死にたくないというのでな。一度きりのチャンスを与えてやろう」

「ちゃ、チャンス……!?」



 その言葉を聞いて王子の目に光が宿る中、ローブの男はどこからか濁った液体が入った瓶を取り出し、片膝を折りながら屈んだ。



「これは特殊な魔法薬だ。これを飲めば、お前はたちまち──」

「寄越せ!」



 そう言いながら王子は魔法薬を奪い取ると、今にも死にそうな様子で瓶の蓋を開け、躊躇うことなくその中身を一気に飲み干した。



「お前……! 説明を聞かずに飲んだら……!」

「はあ、はあ……うるさい! お前達のような愚民を殺せるならば、どんな痛みも耐えられ──ぐうっ!?」

「王子!?」



 俺達の目の前で王子は口から真っ黒な液体を吐き出すと、その顔は徐々に青白くなっていき、腕や足もパキパキという嫌な音を立てながら独りでに折れていくと同時に突起物やぬらぬらとした液体を出し始めた。



「あ、あぐっ……があぁーっ!?」

「な、何が起きてるんだ、一体……」

「始まったのだ」

「は、始まった……?」

「そうだ。今よりあの者は、見るも無残な異形へと姿を変える。それはあらゆる者達の力を吸い取りながら肥大化し、力を吸うために体に触れた者を自身の傀儡かいらいとして操る」

「そんな物に今から変わるっていうのか……」



 ローブの男の説明を聞きながら王子の変化を見ていると、ローブの男は淡々と説明を続けた。



「だが、完全に変化した時、其奴には自由意思などもうない。ただあらゆる者から力を奪い取り、自身の傀儡を増やして世界を食い潰す事だけしか考えられない憐れなけだものに変わるのだ」

「な、何だと……!?」

「さて、では我はそろそろ行くとしよう。このまま見ていても良いが、我にもやらねばならん事があるのでな」

「ま、待て……!」



 どうにかローブの男を止めようとしたが、ローブの男の体は少しずつ砂のようになりながら消えていった。



「さらばだ、女神の祝福を受けし勇者よ。この異形の獣、見事倒してみせろ」



 その言葉を最後にローブの男が消えると同時に、王子だった物は完全に姿を変えた。


 腕や足があらぬ方向へ折れ、汚い液体を出しながら膨れ上がった肉体は黒ずんでおり、落ち窪んだ目も白目を向き、白く染まった髪はバサバサになっていた。



「な、何だこれ……」



 そのあまりの醜さと邪悪さに吐き気を催していると、王子だった物は黒ずんだ触手のような物を俺達へと伸ばし始めた。



「危なっ……!?」



 それを俺がどうにか避け、助け出した人達を守りながら神様達も自分達の身を守っていたが、カルヴィン達は避けきれず、触手を体に侵入させられてしまった。



「ごぶっ!?」

「みんな!」



 触手を侵入させられたみんなは触手が脈動する中で白目を向きながら体をビクビクと震わせており、触手が体から抜けると、同じように青白い顔と黒ずんだ体に変化した。



「そ、そんな……」



 みんなの変化に俺が恐怖を感じる中、王子だった物の傀儡となったみんなは口から涎を滴しながらそれぞれの武器を持って俺に襲い掛かってきた。

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