第53話 秋緋との決着

「秋緋、あのさ……」



 そう言いながら近づいたその時、パシンという高い音が鳴り、私の左頬がヒリヒリとした。



「え……」

「三神さん!」

「浦木さん、アンタさぁ……!」



 大和さんが私の名前を呼び、岩永さんが秋緋の胸倉を掴む中、秋緋はふんと鼻を鳴らした。



「これくらい当然でしょ。勝手な事をして、他所様の家庭を壊そうとしたんだから」

「勝手な事……」

「アンタのせいで私は朝から気分が悪いんだよ。朝に警察がウチに来て、お母さんとお父さんから怒られるし、アンタはアンタで弁護士や警察も動いてるってあんな大衆の前で言うし、バッカじゃないの! あんなお遊び程度でギャーギャー騒いで他人の家をぶち壊すなんて!」

「秋緋……」



 秋緋の言葉が信じられなかった。正直期待はしていなかったけれど、これで秋緋が反省してくれていたら私は少しだけなら何か罪を軽く出来るように取り計らえないかと思っていた。


 けれど、実際はそんな事はなかった。秋緋にとって、あれは今でもお遊び程度の仕返しに過ぎなかったし、両親に叱られた憂さ晴らしを私でするためにここに立っていただけだったのだ。



「……秋緋にとって、あれはお遊びに過ぎない。間違いなくそう言ったね」

「言ったけど、それがなんだって言うの!?」

「……わかった。それじゃあこの発言も証拠にさせてもらうよ」

「え?」



 秋緋が驚く中で私はポケットの中から携帯電話を取り出した。



「な、なにさ……携帯電話取り出しただけじゃ……!」

「今、レコーダーのアプリでこの会話を録音してるの。残念だったね」

「え……」

「でも、いつから? アタシ達と一緒にいる時に携帯なんて弄ってなかったよね?」

「家を出る前だよ。秋緋がいつ私のところに来ても良いように準備だけしてたの。秋緋はウチの場所を知ってるし、この前みたいに成り済ましアカウントの投稿を真に受けて凸してくる人もいるだろうからね」



 私が説明をする中、秋緋は悔しそうな顔をしており、私は携帯電話を手に持ちながらクラスのみんなに呼び掛けた。



「今こうして録音してるところ、みんなも見てるよね?」

「え……う、うん……」

「それも録音されてるならウソはつけないしな……」

「というか、秋緋のせいでこんな事になってるんだよな」

「そうだ……秋緋が全部悪いんじゃないか!」



 そんな声が上がり始めると、秋緋は驚いた様子で周りを見回し始めた。



「はあ!? アンタ達まで何を言ってるの!?」

「だって、そうだろ!」

「お前があんな成り済ましアカウントなんて作るからこんな事になってるんだからな!」



 男子達からの怒号が響き、隣のクラスや通りがかりの生徒達が何事かと覗き込んでくる中、大和さんは秋緋を長い前髪の中からジッと見始めた。



「クラスの子達にも教えて回ってたんだ……」

「う、うん……こんなの作ったんだって言いながら自慢げに」

「その時に三神さんがVTuberしてるのを知って、作った理由も三神さんから頼まれたからだって秋緋が言ってて……」

「頼まれたからって……あんなアカウントを頼んで作ってもらう人がいるわけないでしょ!? なんでそこで疑問にも思わなかったの!?」

「そ、それは……」



 女子達が口をつぐみ始める中、私はみんなに対して冷たい視線を向けた。



「予想に過ぎないけど、そこは秋緋と変わらなかったんじゃないかな」

「浦木さんと変わらなかった?」

「こんな事になるとは思わなかったから面白がって事の成り行きをただ見てたり更に噂を広めたりして楽しんでたんだよ。友神として前から応援してくれてた岩永さん達や話を聞いて応援してくれてた大幸さん達と違って」

「ち、ちが……!」

「違うって言うならどうしてそんな事をしたか言ってみてよ。さっきも言ったように録音してるからウソをついたら後でそこは追求するよ」

「う……」



 取り繕おうとしたクラスメート達も再び口をつぐみ、その様子に岩永さんは呆れたように溜め息をつく中、私は再び秋緋に視線を向けた。



「さて、これでもう逃げ場はないよ、秋緋。そもそも今両親が事情聴取を受けてるはずなのに、どうやって学校まで……」

「そんなのトイレ行くって言って逃げてきたに決まってるでしょ! それに、どうせ捕まったって行くのは少年院なんだし、私の人生はまだ終わってない!」

「少年院……未成年が罪を犯した時に入れられるところで、保護処分として入れられるところだから更生や教育に特化してるって聞いた事がある」

「だから、私にとっては社会に出るまでの長期休暇みたいなもんなの! 残念だったのはアンタだったね、勇美!」

「……どうやらとことん残念なんだね」

「なっ!?」



 秋緋が驚く中、私は携帯電話に“呼び掛けた”。



「ここにいるみたいなので、すぐに確保をお願いします」

『わかりました』

「……は? はあ!?」

「残念でした。レコーダーアプリじゃなく普通に通話にしてたんだよ、警察の人と。もちろん、向こうでこの通話の内容についてはメモも録音もしてもらってるから強ち間違いじゃないしね」



 その言葉を聞いて秋緋が肩を震わせるのを見ながら、私は言葉を続けた。



「それと、秋緋が行くのは少年院じゃなくて恐らく少年刑務所だよ」

「しょ、少年刑務所……?」

「そう、少年院に行くよりも酷い罪を犯した未成年または犯行時に未成年だった人が行くところ。16~17歳なら故意に人を殺害していれば刑事事件になるけど、18歳以上の場合は下限が禁固または懲役一年以下の犯罪を犯した場合でも刑事事件として扱われるの。

 成り済ましだけだったら罪には問えなかった。でも、その後にそれを使って勝手な投稿もしたから、十分に名誉毀損罪めいよきそんざいに問えるし、場合によっては余罪もつく。そもそも警察が来てるのに許可もなく出てきた時点で良くないでしょ」

「くっ、くうぅ……!」

「ちょっと気は早いけど、バイバイ。“浦木さん”」



 その言葉を聞いた瞬間に秋緋は糸が切れたようにその場に膝をつき、焦点の合わない目で涙を流し始めた。そしてそれから数分後、駆けつけた警察の人達によって秋緋はそのまま連れていかれた。

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