第48話 配信の始まり

「……マイクはオッケー、カメラもオッケー。防音室は……まあ、ここだとあまりいらないか」



 ある夜、私は指差しをしながら配信用機材の確認をしていた。いつもなら私の部屋でやっている配信だけれど、今日はここ神庭でやるため、いつもより念入りに確認を行っていた。


 そして機材の確認を終え、全部整っている事に安心していると、そこにゴドフリー君がやってきた。



「よっ、準備はバッチリか?」

「うん、確認は大丈夫。後は配信本番でトチらなければ良いだけ」

「そっか。それにしても、ここまで本当によく頑張ってたよな。俺も何か力になれたら良かったけど、そっちの世界には行けないからなぁ……」

「ううん、話を聞いてもらっただけでも十分助かってたから。そうじゃなかったら、ここまでやれなかったよ」



 ゴドフリー君と話しながら私は今日までの出来事を想起した。


 ゴドフリー君と話をして一時的に休止をする事を決めた翌日、私はそれをお母さん達にも話した。お母さん達はそれを聞いて驚いていたけれど、私が決めた事なら応援すると言ってくれ、朝食を食べながら休止中に何をしようかと話をした。


 そして学校にも行く事にしたため、教室ではクラスメート達から少し距離を取られながらこそこそ話をされ、秋緋に至っては隠すつもりもないのか話しかけには来ないまでもニヤニヤ笑われていた。


 けれど、岩永さんや大和さんは心配をしながら大幸さん達と一緒に話しかけにきてくれ、私はその事に安心しながら四人と話をした。


 すると、大幸さん達もこの件について色々協力してくれる事になったらしく、私は嬉しさで胸がいっぱいになりながら大幸さんにお礼を言い、絶対にこの件をハッピーエンドで終わらせると心に誓った。


 そして学校に行きながら私は事前に探していた弁護士の先生とも話をしていた。弁護士の先生も中々こういったVTuberに関連した事件に関わった事は無かったようで驚きはしていたけれど、SNSの成り済ましについては何度も他の人から相談を受けた事があるらしく、私はお母さんやお父さんに付き添ってもらいながら何度も弁護士の先生との話し合いをした。


 その結果、話し合いはしっかりと進み、弁護士の先生の方からも警察に連絡をしたり成り済ましアカウントの持ち主が秋緋である事を証明出来るだけの証拠も手に入ったため、私達は警察に被害届を出して秋緋がアカウントを消しても言い逃れが出来ないところまで進める事が出来た。


 因みに、秋緋は私達の動きなどまったく考えていないのか更に成り済ましアカウントでありもしない事を投稿していて、その行動には弁護士の先生や警察までもが呆れていた。


 そして全ての準備が整った今日、私は活動休止前最後の配信をする。この事は弁護士の先生や警察も知っているし、事前にSNSで告知もしたから応援してくれる友神のみならず色々な人が観に来る事だろう。


 だから、正直な事を言えばいつもの配信よりもすごく緊張している。いつもの配信ならご新規さん以外は友神のみんなだけだし、お告げをしながら少し話すだけだから何も心配する事なくやれる。


 ただ、今日は違う。今日は秋緋の投稿を鵜呑みにした人達やそれに乗じて騒ぎに来るだけの人が来る可能性は高く、そうなれば確実にコメント欄は荒れる事だろう。つまり、今日は配信をしながら荒れるコメント欄をどうにかしなければいけないのだ。



「……やっぱり緊張する。いつもとは確実に違うってわかってるからこそやっぱり緊張するよ」

「そうだろうな。俺は初挑戦だからっていうのもあるけど、“イサミ”はより緊張するだろうな」

「うん、この姿だからなのもあるしね」



 私は苦笑いを浮かべながら答える。そう、今の私は神野和じゃなく、三神勇美としてここにいる。初めは神野和の姿でやる予定だったけど、話し合いをしていく内にこの姿でもやるべきだと感じて、弁護士の先生達の許可も得た上でまずはこの姿でやる事を決めたのだった。


 もちろん、この姿でやるという事は完全に身バレはするし、今後の活動や家族にも影響は出るだろう。けれど、これが私の覚悟なのだ。ただ隠れてこそこそやるしかない秋緋とは違う私の決死の覚悟だ。


 因みに、いつものファンタジー色が強い服装のゴドフリー君も今日はこっちの世界寄りの格好をしている。


 着なれていないからか着た直後はあまり落ち着かないとは言っていたけれど、今はすっかり慣れたのか配信前という事で緊張しているだけみたいだった。


 その様子に少しだけ心が落ち着き、小さく息を吐いていたその時、セットしていた携帯電話のアラームが鳴り、その時が来たのだと悟った。



「……よし、それじゃあそろそろ始めていくよ。はい、ヘッドセット」

「おう。どうなるかわからないけど、気合い入れて行こうぜ、イサミ」

「うん」



 頼りがいのあるゴドフリー君の言葉に安心感を覚えながら答えた後、私はまず配信前の画像である蓋絵を表示した。そして二人のマイクをオフにしながらコメント欄を観てみると、予想していた通りにコメント欄は少し荒れていて、やっぱりと思いながらも少し悲しさを感じていた。



「……これがネットの嫌なところなんだよね。自分には関係ないからと思って好き勝手言う人が多くなるの」

「うわ、これは酷いな……」

「だけど、負けてはいられない。こんな状況でも怖じ気づくわけにはいかないから」

「そうだな。俺が隣についてるし、安心してくれて良いからな、イサミ」

「うん、ありがとう」



 ゴドフリー君にお礼を言った後、私は小さく息を吐いた。そして二人のマイクをオンにし、蓋絵を外した後、私は配信の第一声となる言葉を口にした。



「皆さん、乙神様でございます。和神VTuberの神野和の魂、三神勇美です」

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