第39話 窮地

「それじゃあ行ってきまーす」



 翌朝、私はお母さん達に声をかけてから外へと出た。空が気持ちが良い程に晴れ、鳥達が平和そうに囀ずる中、私はやる気に満ちていた。



「よし……ここから私達の復讐が始まるんだ」


 拳を軽く握りながら私は独り言ちる。昨夜、ゴドフリー君達との相談を終え、水神様などにお願いをして王族やゴドフリー君の仲間だった人達が使っている水の水質を悪くしてもらった。


 これによって、体調不良は多発するだろうし、その後に王国民達が使う水の水質も少しだけ悪くしてもらう事にしているため、問題はないはずだ。



「……それにしても、秋緋はまた厄介な事をしてきたなぁ」



 そう言いながら私は昨夜の出来事を想起する。昨夜、成り済ましアカウントを使って秋緋はまた神野和を偽りながら勝手な事を投稿していて、私が配信で得た投げ銭は本当はブランド物やコスメ用品に使っているとか配信内で言った事は全て適当だとか神野和わたしを貶めるために色々な事を言っていた。


 もちろん、それは事実無根だ。貰った投げ銭は新神のみんなにも配信内やSNSのプロフィールでも伝えているように生活費の足しとしてお母さん達に少し渡したり配信機材などのグレードアップのために使ったりしていて、配信内のお告げだって私なりに考えた事を話している。


 だからこそ、私は秋緋の事を許せない。ただ神野和を貶めるだけじゃなく、これまで応援してきてくれた新神のみんなを不安にさせるような事をし、傷つけるような発言をし続けてきたのだから。



「……とりあえず今日も出方を見るしかないよね。それで、その後は……」



 そう言いながら歩いていたその時、ふと背後に誰かの気配を感じてハッとしながら背後を振り返った。すると、私の右手は強く掴まれ、口には肌ががさがさとした手があてがわれた。



「むぐっ!?」

「へ、へへ……本当に女子高生なんだ……」



 ぽっちゃりとした体型の見知らぬ男の人がへらへら笑いながら言う。体からは汗などが入り交じったような悪臭が発せられ、私の首筋にその人の荒く生暖かい息がかけられている事からとても気持ちが悪く、今すぐにでも突き飛ばして逃げ出したいところだった。



「むぅ、むぐーっ!」

「き、君があの和神VTuberの神野和なんだろ……? 金を積んで頼めば、好きな事をさせてくれるっていう……」

「むぐっ!?」

「へへ……今さら知らない振りかぁ? SNSでも言ってたじゃないか。後で金さえ払えばお触りもオッケーで……か、彼女にもなってくれるって……」



 男の人の発言には聞き覚えはなかった。つまり、それはわたしが気づいていない間に秋緋が成り済ましアカウントを使ってしていた発言なのだろう。


 汗でじんわりと湿った手と絶えず吐きかけられる生暖かい息に吐き気を催しながら私は頭を振ってどうにか手から口を離すと、逃げるためにもがき始めた。



「は、離してください! そもそもどうして私が神野和だなんて……!」

「またまたぁ。住所と本名を顔写真付きで晒しておきながら今さら何を言ってるんだぁ?」

「……え」

「金さえ払えば何でもしてくれる女子高生なんて競争率は絶対に高いからなぁ。だから、書いてあった住所がウチの近くだとわかって、本当に嬉しかったんだぁ。だ、だから他の奴が来る前に色々してもらわないと……」

「い、嫌です! それに、それは成り済ましアカウントの仕業で──」

「い、言い訳をするなぁ!」



 突然の大声に私は体を震わせる。



「ひっ!」

「SNS上で自分から本名晒しておいて言い訳をするなぁ! それに、成り済ましだろうが俺には関係ない! 今こうして女子高生に触れて、力だけで制圧出来ているこの状況が楽しいんだ。

現実でもネット上でもデブだのブサイクだの言われてきた俺がこうして現役の女子高生に触れている事、その自由を俺が好きに出来ている事がただ嬉しいんだ」

「さ、最低……! そんな人だからこそ現実にもネット上にも居場所がないんですよ! 自分がこれなら勝ってるだろうと思ってマウントを取ったり自分を変えようとする努力を怠ったりして自分を甘やかしているからそんな性格にも体格にもなるんです!」

「な、なんだとぉ……!?」

「悔しいと思うなら生活習慣もしっかりとしてそんなだらしない体つきじゃなくがっしりとした男性的な体つきになってみて下さい。お風呂にもしっかりと入ったり食生活を見直したりすればもっと──」

「俺に……俺に指図をするなぁ……!」



 私の言葉に怒りを感じた男の人は声を荒らげると、私の手首を掴んでいた手を離してから私の事を背中から強く押した。


 その力によって私は俯せに倒れ、どうにか起き上がろうとしたところに男の人がのし掛かってきたのか上から強い力で押さえつけられた。



「ぐっ……!」

「へ、へへ……へへへっ! ど、どうだ……! そんな口叩いても結局力で圧倒されてるじゃないか!」

「くっ……お、重い……!」

「散々てこずらされたからなぁ。これからどんな目に遭わせて──」

「その子を、いやその方を離しやがれ、腐れデブ!」



 そんな声が聞こえると同時に何かが空を切るような音が聞こえた。



「ぐぶっ!?」



 ゴシャリという音と共に男の人が声を上げると、私にかかっていた圧は一気になくなり、私はようやく立ち上がる事が出来た。



「はあ、はあ……」

「大丈夫ですか?」

「は、はい……ありがとうございま──って、え!?」



 顔を上げた私の目の前にいた人物、それは秋緋の彼氏だという大春さんだった。

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