第35話 偽者の出現

 神庭に来る数時間前、放課後になって私はすぐさま家に帰ろうとしていた。部活動に入っていないからというのもあるけれど、今日の配信のための準備を早くしたかったからだ。


 そしてカバンの中に筆記用具やノートを入れ、せっかくだからという事で岩永さん達にも挨拶をしていこうかと考えていたその時だった。



「……は!? 何これ!?」



 そんな怒りもこもった岩永さんの声が聞こえ、教室中が一瞬静まり返った。そして岩永さんが肩を震わせ始め、同じように携帯電話を見ていた大和さんも携帯電話を握りしめながら肩を震わせる中、私は何があったのかと思いながら岩永さんに近づいた。



「い、岩永さん……どうかしたの?」

「……この前、アタシがハマってるVの人がいるって話したでしょ?」

「うん、そうだったね。もしかしてその人が何かあったの?」

「そう! というか、その人自身じゃなく別の奴がっていうか……ああ、本当に腹立つー!」

「お、落ち着いて……えっと、たしか名前は……」



 そう言いながらSNSを開き、神野和のアカウントを検索する振りをしていたその時、私は目を疑った。



「……あれ? 神野和がもう一人いる?」



 見てみると、画面には神野和というハンドルネームのアカウントがもう一つあり、嫌な予感を覚えながら私のアカウントではないもう一つのアカウントを見に行った。すると、そこには信じられない物が映っていた。



「な、何これ……」



 そのアカウントは私の名前を騙って、自分が本物の神野和であると投稿しており、プロフィール欄にはこの学校の名前やクラス、他にも不純な異性との交遊の誘い用として本物のアドレスが書かれていて、アイコンは制服を着た女の子の後ろ姿の写真が使われていた。



「これ……どういう事?」

「間違いなく成り済ましだよ。成り済ましなのはわかってるんだけど、新神──神野和のファン達も突然の事に動揺してるし、実は神野和のサブアカウントなんじゃないかって話も出てるみたい」

「そんなわけ……だって、神野和は……!」



 私なのに、その言葉を飲み込み、私のアカウントの方を開いた。すると、そっちにも偽の神野和について問いかけるリプライや不純な交遊への誘いのDMが届いており、大炎上とまではいかないけれど、プチ炎上くらいの出来事は起きてしまっていた。



「ど、どうして……」

「……成り済ましっていうのは、前からネット上で問題になってるからね。アンチや名前を借りて自分が有名になろうとする奴の仕業だったりするけど、まさか神野和がそんな目に遭おうとはね……」

「アンチ……神野和は悪い事をしてないはずなのに……」

「アンチなんてのは自分よりも有名になってきた奴を嫌う同業やただ気に入らないからっていう理由だけでやってたりするからね。それよりも問題はこの成り済ましアカウントだよ。学校名とクラスまで詳細だし、確実に校内の人間の仕業なんだけど……」

「うん、そうだ……あれ?」

「三神さん、どうかしたの?」

「このアイコンの写真、見覚えが……」



 そう言いながら私は携帯の画像フォルダを探った。すると、同じ写真はすぐに見つかり、私はそれを画面に表示した。



「うん、これだ」

「たしかにこの写真だ……三神さん、この写真は?」

「これ、秋緋が前に私を後ろから撮った写真なんだ。こっそり近づいて撮った一枚で、こっそり撮った事はちょっと怒ったけど、特に困らないと思って消させなかったんだけど……」

「つまり、犯人は……」

「……うん、私がやるわけはないし、秋緋の可能性はあると思う。でも、まだ秋緋だって断言出来ない」

「この写真をSNSに挙げていた場合って事でしょ?」



 岩永さんの言葉に私は頷く。



「そう。秋緋が鍵垢か何かで投稿して、それを見た誰かが面白がってこの画像を使った可能性はまだあるからね」

「制服からどの学校かは調べられるし、クラスなんて適当に出来るからね」

「うん……」



 答えながら私はとても悲しくなっていた。犯人が誰なのかはまったくわからない。だけど、犯人が誰であろうと自分が満足したいという気持ちだけで人を陥れ、悲しみや苦しみを感じている人を嘲笑っているのは本当に許せない。



「……とりあえず、神野和は今日の配信は出来なそうだね。それどころじゃないわけだし」

「だね。はあ……今日も楽しみにしてたのになぁ……」

「岩永さん、本当に神野和のファンみたいだからね」

「うん。アタシさ、神野和に出会ってようやく楽しいと思える物に出会えた気がしたんだ。だから、今回の件は本当に許せない。もっとも、本物がやった事だったら……まあその時はアタシの目が曇ってたと思って諦めるけどね」

「岩永さん……」

「だけど、最後までアタシはこれが成り済ましアカウントだって考え続ける。神野和がこんな事をするなんて思わないし、思いたくもないから」



 そう言う岩永さんの目には迷いはなく、その姿に私は嬉しさを感じていた。



「うん、そうだね。私も自分の写真を使われてる身だし、ちゃんと協力するよ」

「三神さん……うん、ありがとう! そうと決まれば……大和さん、ちょっとこっちに来て!」



 岩永さんが呼ぶと、大和さんは体をビクリと震わせてからゆっくり近づいてきた。



「な、なに……?」

「大和さんも協力してよ。大和さんだって神野和が好きでしょ?」

「あれ、そうなの?」

「う、うん……コメントは出来ないけど、いつも観てる……」

「そうなんだ……」



 予想していなかった新神の登場に驚いたけれど、協力者が増えた事は本当に嬉しかった。



「……絶対に犯人を突き止めて、目に物を見せてやらなくちゃ……!」



 込み上げてくる悲しみを堪えながら私は拳を固く握り、犯人を突き止めるのだというやる気を高めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る