第33話 帰還
「……だいぶ歩いたな」
足に疲れを感じ始め、俺は一人呟いた。故郷であるマオークの村がまだちゃんとは見えない中で疲れるのはあまり良くなかったため、俺はどうにか歩こうとした。
しかし、その後ろから俺の肩に誰かの手が載せられ、俺は足を止めてから後ろを振り向いた。
「キビツヒコノミコト……」
「そろそろ疲労も限界だろう。今日はここまでに……」
「いや、もう少しだけ行かせてくれ」
「だが、昨日も言ったように疲れたままで行ったところでいざという時に足手まといになる。進みたいのならまずは足を休めろ」
「それはそうだけど……」
「どうしてもと言うならば、無理やりにでも止めるが」
「……わかったよ。少なくとも、今の俺じゃお前どころか家臣達にも勝てないのはわかるからな」
俺が降参の意味を込めて両手を挙げると、キビツヒコノミコトは満足そうに頷き、家臣の一人のイヌカイタケルノミコトに視線を向けた。
「少し先を見てきてくれるか。先にその村があればそこまでは進みたいからな」
「畏まりました。では、行って参ります」
恭しく一礼をすると、イヌカイタケルノミコトは素早い動きで先へと進み、その疲れを感じさせない機敏な動きに俺は小さくため息をついた。
「はあ、こんなに歩いたのにあそこまで速く動けるんだな。やっぱり神様ってすげぇな……」
「我々も神として崇められるようになってからここまでの力を得たのだ。人の身であった頃はゴドフリーと似たような体力しかなかったぞ」
「そっか……けど、イヌカイタケルノミコトだけ行かせて良かったのか? いくらお前達が強くても一人じゃ流石に……」
「心配はいらぬぞ、異世界の
「それに加えて、この程度で音を上げていては吉備津彦命様のお供など出来はしないのだからな。今は
「ああ、了解。はあ……それにしても、本当にアイツらも故郷から遠いところまで俺を追いやってくれたもんだよな」
王族達やミラベル達の顔を思い出しながら独り言ちていると、キビツヒコノミコトは俺の隣に立ちながら話しかけてきた。
「ゴドフリー、今向かっているマオークの村というのはどのような村なのだ?」
「ん、マオークの村か?」
「ああ、村の詳細をこれまで聞いていなかったと思ったのでな」
「そういえばそうだな。けど、本当に何も無いところだぜ? 王都のように常に活気に溢れてるわけじゃないし、そんなに広くもない。強いて言えば、自然があって少し短い川が流れてるところや美味い果物が採れる木があるくらいだし……」
「十分良いところだな。民達がのびのびと暮らせているだけでも私達にとっては意味のある事だからな」
「キビツヒコノミコト達の世界はそうじゃないのか?」
「所による、と言うのが正しいな。もちろん、栄えている場所もあれば豪華絢爛な生活が出来なくとも程よく幸せな毎日を過ごす事が出来ている場所もある。だが、中にはそうでもない場所もあるのだ。あの若き女神が生まれた時代になっても、それは変わらぬようだ」
そう言うキビツヒコノミコトは哀しげであり、その事を嘆いているようだった。
「……やっぱり難しいのかな、相手とわかりあったりみんながちゃんとした暮らしをしたりするのって」
「無理という事はない。だが、更に上を目指そうという向上心が時には他人の不幸を足場にしてしまう。そして中には、ただ自身の見栄や本来自分には永遠に手に入らない物を悪意などをもって無理に手に入れる事を厭わない者もいる。それはゴドフリー、お主が一番よく知っているだろうがな」
「……そうだな。本来、勇者は女神様の祝福があって初めて成り立つ物なのに、アイツらはそんな女神様のやり方を無視した上に他の神様達までバカにしたらしいからな。そんな奴らに大切な村を襲わせなんてしない。
たとえ、ミラベル達が相手になっても俺はもう容赦はしない。村のみんなやノドカに手を出すなら、アイツらが相手でも俺は、俺は……」
命を奪う。その一言がどうしても言えなかった。アイツらの事はもちろんもうどうでも良いし、村のみんなやノドカの方がもちろん大事だ。けれど、アイツらを殺す自分の姿はまったく想像出来なかったし、想像したくないと思ってしまった。
そしてその事について迷っていると、キビツヒコノミコトは静かにため息をついた。
「……その迷いは間違いではない」
「え?」
「他者の肉を斬る感触もあまり心地は良くないが、命を斬る感触はより心地が悪い。それを感じずに済むならばそれで良いのだ」
「キビツヒコノミコト……」
キビツヒコノミコトの言葉を聞き、感謝の言葉を言おうとしたその時、こっちに向かって走ってくる足音が聞こえた。見るとそこにはイヌカイタケルノミコトの姿があり、イヌカイタケルノミコトはキビツヒコノミコトの前で足を止めると、膝を丁寧に折ってから口を開いた。
「吉備津彦命様、この先に村が一つありました」
「村か。村人はいるようだったか?」
「はい。戦の準備をしている様子はなく、血の臭いもない事から、略奪者が宴をしているわけでもないようです」
「ご苦労だった。近くに果樹や川はあったか?」
「はい。立て看板があるので確認はしましたが、文字は読めませんでしたのでそれを書き記してきました」
そしてイヌカイタケルノミコトが書いた字を見ると、そこには“マオーク”と書かれていた。
「マオーク……そこ、俺の故郷の村だ!」
「そうか。よし、急ぐぞ。まだ村人達が危険に晒されていないのならば、早めに保護をするのが一番だからな」
「ああ!」
嬉しさを感じながら返事をした後、俺はキビツヒコノミコト達と一緒に駆け出した。そしてそれから数分後、辺りが暗くなる中で前方に明かりが見えてくると、それと同時に懐かしい光景、人達が目に入ってきた。
「はあ、はあ……父さん! 母さん!」
「……ゴド、フリー……?」
「ゴドフリー……本当にアンタなの!?」
「ああ、ただいま!」
目の前で驚く父さんと母さんに対して俺は嬉しさの中でそう言った。
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