第32話 勇者の誓い

「よし、そろそろ再開しよう」



 神庭から持ってきた昼飯を食べ終えた後、俺はキビツヒコノミコト達に声をかけ、キビツヒコノミコト達も静かに頷いた。


 キビツヒコノミコト達も最初はノドカの力で呼び出されたため、またノドカの力がないと来られないかと思っていたが、どうやら一度呼び出された神様達は自分達の意思でも来られるようになったようで、俺が神庭からエリクシオンに戻った頃にはもう四人揃って再会地点に立っていたのだった。



「自分達の意思でも来られるようになったのは本当に便利だよな。開拓地で頑張ってくれてるらしい神様達も好きなタイミングで来られるわけだしさ」

「そうだな。だが、そのためには一度神野和に呼ばれる必要がある。神の中には日常生活でも中々呼ばれる機会がない者もいるため、そういった者達は少々残念に思っているだろうな」

「たしかにな……でも、お前達の仲間ってそんなに数がいるのか? このエリクシオンは女神様の他に何人かいる程度だけど……」

「我々の世界では様々なモノに神が宿るという考え方があるからな。同じモノを司る神も複数いるため、そういったモノも数えるならば、数えきれない程いる事になるだろうな」

「その中からノドカは適切だと思った神様を選んで助っ人として紹介してくれてるのか……やっぱりノドカってスゴいよな。とても勤勉なのにそれを自慢しないし、自分の事よりも相手の事を優先しようとする。そんなの中々出来ないぜ?」

「そうだな。だが、それ故に危うい存在なのだ」

「危うい存在?」



 キビツヒコノミコトの言葉に疑問を覚えていると、キビツヒコノミコトは静かに息をついた。



「ゴドフリーもわかっていると思うが、他人の考えなど本人にしかわからず、中には他人を利用してでも私腹を肥やそうとする者もいる。そしてそれは我々の世界も同じなのだ」

「それはそうだろうけど……」

「そして、先程ゴドフリーも口にしたが、あの若き女神は他人を優先しようとする事が多く、今も他人を楽しませるために力を尽くそうとする。その考えは決して悪くはなく、自分でも考え行動するだけの力もあるようだが、一度手酷い裏切りをされた際にはその心が簡単に壊れる恐れがあるのだ」

「心が壊れる……」

「お主もそうだろう? 仲間だと思い、信じてきた相手からの裏切りによってその相手への信頼は一度になくなり、話すら拒むようになっていたのだから。神野和との会話の光景を見る限り、本来のお主は相手への警戒心はあまり無い人間のようだからな」

「……そうかもしれないな。すぐに相手を疑うのは良くないって思う方だけど、あの一件のせいで少し疑り深くはなった気はするから。って事は、ノドカもそうなるかもしれないって事か?」

「そういう事だ。一部の身体の傷もそうだが、一度傷つけられた心の傷は完全には癒える事はない。癒えたと思い、気にしなくなったとしても何かのきっかけで再びその傷は膿み、ドロドロとした感情を生み出す事にも繋がるのだからな」



 そう言うキビツヒコノミコトや家臣の三人の表情は真剣であり、まだ出会って間もないノドカの事をしっかりと考えているのがハッキリとわかった。



「……それは嫌だな。でも、どうやってそれを阻止すれば良いんだ? 俺は向こうの世界には行けないから、嫌な奴がいてもどうにも出来ないぞ?」

「行く必要もなく、阻止を考えずとも良い。お主はあの神庭で神野和の話を聞くだけで良いのだから」

「話を聞くだけ? 本当にそんな事で良いのか?」

「それだけに感じるかもしれないが、道に迷っている者や悲しみを感じている者にとっては、ただそれを吐き出せる相手がいるだけでも助けになるのだ。誰にも話せずにモヤモヤした物を抱え、それに突き動かされる形で悪い方へと進んでしまう。それが一番悪い道なのだからな」

「でも、誰かが話を聞いてそれに対して自分の考えを話したり共感したりするだけで悪い方へ行きそうだったのを阻止出来るかもしれないわけか」

「そういう事だ。神野和もそうであろう? 様々な相手の悩みや話を聞き、それに対して意見を述べていくのだから」

「あ……」



 キビツヒコノミコトの言う通りだ。ノドカはいつも相手の気持ちに真剣に向き合いながら配信をしていて、それによって新しい新神を作ったり投げ銭を貰ったりしている。話を聞くだけであるけど、それが顔も本名も知らない誰かの助けになっているんだ。



「……そして、俺にはノドカにとってのそういう存在になれって事か」

「理解が早いのは助かる。これまでそういった事をしてこなかった分、すぐにそれをしてみせろというのは酷だろう。

 だが、エリクシオンの事や神庭の事、そして神野和自身の事について知っているのはお主とあのティアという女神だけであり、年が近いのはお主の方だ。だからこそ、お主が一番の理解者になってやるといい。それを我々も望んでいるのだからな」

「何というか、キビツヒコノミコト達もノドカの保護者みたいだな」

「当然だ。実際に我々が力を用いて作り出した存在というわけではないが、神野和は我々の力によって出来たという設定を持つ女神なのだからな。よって、神野和を悲しませたり苦しめたりしたモノには神々からの怒りが降り注ぐであろう。ゴドフリー、お前も注意しておくといい」

「あはは、それはたしかに怖いな。でも、俺だって別にノドカを不幸な目に遭わせたいとは思ってない。そこは俺も注意するさ」

「そうか。さて、話はここまでだ。そろそろ出発するとしよう」

「ああ」



 キビツヒコノミコトの言葉に返事をした後、俺達は再び故郷に向けて歩き始めた。ノドカとの関係は友達以上恋人未満ではあるけど、これまでに出会った異性の誰よりも好きな相手ではあると言えるし、前にも本人の前で言ったように神庭で最期まで一緒に過ごしたいという気持ちはある。


 だからこそ、ノドカが俺の女神であってくれるように俺はノドカの勇者になろう。もう魔王を倒すような事や旅をしながら人助けをするようなことを自分からする気はないけれど、ノドカのためなら剣を振るったり盾を構えて自分から身を呈して守るといった事はしたいと思うから。


 故郷へ続く道の途中、俺はノドカの顔を思い浮かべながら強く誓った。

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