第31話 団欒

 昼休み、チャイムが鳴って先生が教室を出ていった後、すぐに私は昨日の事について話すために秋緋を探して周囲を見回した。けれど、秋緋は一瞬だけ私に対して冷たい視線を向けるとすぐにお弁当を持っていなくなってしまい、私は声をかけそびれてしまった。



「……仕方ないか。さてと、それじゃあご飯食べながら今後の配信や神庭について──」

「ね、ねえ……」

「え?」



 その声に驚きながら視線を向けると、そこには大和さんが立っていた。相変わらず前髪で目は隠れていたが、私はメカクレ女子は嫌いじゃないし、大和さんを怖がったり気味悪がったりする気はないためニコリと笑いながら答えた。



「どうしたの、大和さん?」

「よ、良かったら一緒に……お昼、食べたいなって……」

「大和さんと? もちろん良いよ」

「あ、ありが……」

「あ、三神さん!」

「え?」



 更に声をかけられて驚いていると、岩永さんが私達の所まで近づいてきており、その後ろからいつも岩永さんと話をしている女の子達も歩いてきていた。



「岩永さん、私になにか用事だった?」

「うん、せっかくだからお昼一緒に食べようと思ったんだけど、大和さんもいるのはちょうど良かったよ」

「ちょ、ちょうど良いって……」

「前々から気になってたんだよね。その前髪、黒いヴェールみたいで神秘的なのも良いけど、その奥にある目もちゃんと出した方が良いなぁって」

「べ、別に私が目なんか出したところで……」

「良いから良いから。お昼食べる前に少しだけ弄らせてもらうよ……海花うみか山花やまか、やっちゃってちょうだい」



 その言葉に頷いた後、双子の姉妹だという大幸おおさちさん達はワクワクした様子で大和さんに近づき、それを見ながら私が苦笑いを浮かべていると、岩永さんは私に顔を近づけてきた。



「えっ?」

「……甘い香りの他になんか別の香りもするね。三神さん、もしかして彼氏でもいる?」

「い、いないよ! 彼氏じゃないけど、好きな人なら……」

「あはは、なるほどね。その彼に朝からキスでもされたかな?」

「な、何でそれを!?」

「え、ほんとにそうだったんだ。ちょっとカマかけた程度だったんだけど」



 岩永さんが驚く中、教室はざわめき出し、私はやってしまったという後悔に苛まれた。



「も、もう! 岩永さん!」

「あははっ、ごめんごめん。けど、だいぶ積極的な男だね」

「積極的というか……他の人からの入れ知恵を簡単に聞いただけみたいだけど……」

「ほほー? それで、されたのは……唇?」

「お、おでこ……」

「あー……まあ、すぐに唇同士ってわけにはいかないか。じゃあその彼に見せるためにも少しアタシも本気出さないといけないかな。という事で、ちょーっとそのお顔のキャンバスをお借りするよ」



 そう言うと、岩永さんは櫛などを取りだし、私の髪などを弄り始めた。



「わあ、やっぱりサラサラだぁ。前にさ、元が良いからそれを更に良くしていこうって話したじゃん?」

「うん、そうだったね」

「それを二人にも話したら、じゃあせっかくだからやってみようってなって、三神さんに合いそうなコスメも選んできたんだよ」

「そんな事まで……でも、どうしてそこまでしてくれるの?」

「色々な物って更に良くしたくなるじゃん? だからだよ」



 岩永さんが笑いながら言っていると、それを聞いていた大幸さん達はクスクス笑い始めた。



愛姫あきの場合はそれだけじゃないでしょ」

「愛姫って結構黒髪女子好きだしね」

「え、そうなの?」

「あはは、まあそうだね。アタシ、こう見えて和風な物が好きで、和服姿の美人さんとかほんと好きなんだ。アタシの見立てでは三神さんも和服似合いそうだし、いつか着てみてほしいなぁって」

「私が和装……あまりイメージは沸かないけど、一回くらいなら試してみても良いかなと思うよ」

「お、マジ? 約束だからね?」

「うん」



 嬉しそうな岩永さんの言葉に返事をしてから数分後、私の目の前に手鏡が現れた。



「ほい、かんせーい。どう? 良い感じじゃない?」

「す、すごい……ここまで変わるんだ……」



 鏡に映った自分の姿に私は驚いた。いつも下ろしてる髪を深緑色のヘアゴムでまとめ、チークやファンデーションを薄く塗っただけではあったけれど、いつもの私とはまた違った姿のように見え、岩永さんの力の入れ具合に私はありがたさを感じていた。




「ありがとう、岩永さん。私じゃないみたいですごく驚いちゃった」

「正真正銘、三神さんだよ。そっちは……おっ、やっぱり目出してみても良い感じじゃん」

「だよねー」

「メカクレも悪くないけど、その奥には美人さんがいるのはよくある事らしいし?」



 自慢気な大幸さん達とは対象的に大和さんは落ち着かない様子でモジモジとしていた。いつも目を隠していた前髪は軽く横に分けられたり上へ上げられてカチューシャで止められたりしており、クリクリとした丸い目や少し厚めの唇、少しツンとした形の鼻に教室、特に男子達はざわめき始め、恥ずかしがる大和さんの事をボーッと見ている男子もいるくらいだった。



「うぅ……は、恥ずかしい……」

「大和さん、すごく似合ってるし、可愛いと思うよ」

「ほ、ほんと……?」

「本当。ね、みんな」

「うん。ただ、やっぱりメカクレも悪くないし、目が隠れてる状態でも男子からべた褒めされるような感じを……」

「いや、現時点でもう十分なんじゃ……」



 男子から大和さんへ向けられる視線は明らかに変わっており、その単純さに私は少々呆れてしまった。



「男子って単純だね」

「まあそんなもんでしょ。しっかりと内面も見た上で判断してくれる人もたまにはいるだろうけど、大体の男は外面や体ばかり見てるからね」

「そうそう。けど、三神さんの彼氏はそうじゃなさそうだし羨ましいなー」

「ほんとほんと」

「だから、彼氏じゃないって……」



 大幸さん達の言葉に私はため息混じりに答えた。けれど、この雰囲気自体は嫌いじゃなく、私はこれまでになかった昼休みを楽しく過ごしていった。

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