第26話 拒絶
昔はそのままにしていた長い金髪を一本にまとめ、とても高級そうなローブを身に纏って少し古びた杖を持ったミラベルは俺の姿に驚いていたが、何故か敵意は感じられなかった。
そしてミラベルは俺に近づこうとしたが、そばにいるキビツヒコノミコト達を見ると、途端に警戒したような表情を浮かべた。
「……何者? この辺りじゃ見かけない装備品をつけてるようだけど……」
「どうして答えてやらないといけないんだ? 僻地まで追いやった上に今度は命まで取りに来たのか?」
「ち、違うわよ! それだったらもっと大勢で来るでしょ!?」
「……どうだろうな。たしかに今はお前以外の気配を感じないけど、仲間だった奴の中には気配を消して忍び寄れる奴だっていたんだ。油断したところを狙ってそのままグサリなんて事もありえる」
「う……で、でも本当に今は私だけよ。そりゃあ私達の言葉なんてもう信じられないと思うけど……」
ミラベルはとても辛そうな顔をしていた。けれど、本当に辛いのは俺だ。これまで一緒に頑張ってきた仲間に罵倒されて裏切られ、一人だけあの僻地まで追いやられたのだから。
「……帰ろう、キビツヒコノミコト。神庭まで戻ればコイツも来れないからな」
「承知した。皆、ここでの夜営は中止だ」
キビツヒコノミコトの言葉に他の三人が頷いていると、ミラベルは焦った様子を見せた。
「ま、待ってよ!」
「待つ理由なんてないだろ。ほら、お前もさっさとあの王都に帰れよ。今のお前は他の奴らと同じであの王国の国賓であり、俺みたいな反逆者とは違うんだからな」
「待ってって! お願い、少しで良いから私の話を聞いてよ!」
「……なんで聞かないといけないんだよ。今さら、お前達と話す事もないし、話したいとも思わないんだよ」
絶望したようなミラベルの顔が俺は不思議で仕方なかった。何があったにしても自分達が裏切る道を選んだくせにいざ俺から拒絶されるとショックを受けたような顔をするなんて絶対におかしい。言うなれば、被害者は俺の方なのに。
「それに、俺にはお前達と話すよりも大事な事があるんだ。早く故郷の様子を見に行かないといけないし、俺の報告を待っててくれる奴だっているんだ」
「故郷……そ、それは止めて! お願い、ゴドフリー!」
「……なんだよ。まさか、俺を迫害するだけに飽きたらず故郷の皆にまで手を出したんじゃないだろうな!?」
「……私達は手を出してないし、協力してないわ。でも、あの王子が兵士を連れてアンタの故郷であるマオークの村に進軍していった。反逆者の親族や同郷の奴らなんてろくでもないし、魔王の息がかかってるのだから殺すのが一番だって言い始めて」
「嘘だろ……」
流石にそこまでする奴だとは思っていなかったため、俺は驚くと同時に偽勇者である王子への憎しみを募らせた。
故郷の中にも腕の立つ男衆はそれなりにいるから、その辺のモンスター相手なら遅れを取る事はまずないだろう。だけど、王都の人間達となると話は別だ。
故郷を守るためとは言っても、相手は格上の兵士達であり、人間を傷つける事をしてこなかったみんなの場合は躊躇っている内にやられてしまう恐れは十分にあるのだ。
「急がないと……!」
「だから、止めてって言ってるじゃない! たとえアンタでも王子や兵士達を相手にして勝てるわけが……!」
「うるさい! 今にもマオークのみんなが危険な目に遭おうとしてるなら俺はみんなを助けに行かないといけないんだ!」
「けど、今のアンタじゃ絶対に……!」
ミラベルが俺を引き留めようとするのをどうにか押し退けてでも進もうとしたその時、キビツヒコノミコトは俺の肩に手を置いた。
「キビツヒコノミコト……?」
「道祖神の加護があったとしてもこの中を進むのは危険だ。一度神庭に戻り、作戦を立てるのが一番だ」
「けど、このままじゃ故郷のみんなが!」
「故郷を思い、すぐにでも向かいたい気持ちは痛いほどにわかる。我々も同じ立場に立ったら同じようにすぐにでも馳せ参じようとするだろうからな」
「だったら!」
「だが、急いで向かった後の事はどうするのだ? ろくに休息もとらずに戦場に立ち、疲労困憊の中で戦ったところで足手まといになる可能性は十分にある。悔しいだろうが、今は冷静になって作戦を立て、早朝に行軍をした方が良いと私は思うが?」
「そ、それは……」
キビツヒコノミコトの言う通りだ。みんなの戦力になろうとして早く進んだとしてもそこで倒れたり足手まといになったりしたら確実に迷惑になるし、最悪俺のせいでみんなが命を落とす可能性がある。そんな事になったら、俺は悔やんでも悔やみきれないだろう。
「……わかったよ。キビツヒコノミコト、ありがとうな」
「礼には及ばん。そこの娘、ミラベルと言ったか。お主も早々にここを立ち去れ。今はゴドフリーからの指示がないため何もせんが、ゴドフリーの敵だというのならば我々が相手になるぞ?」
「……それを言いに来ただけだから私だって帰るわよ」
「そうか」
「ゴドフリー、アンタにはもう私達への信頼なんて無いかもしれないわ。それだけの事をしたってわかってるし、さっきの反応を見る限り私達よりも大切な人にも恵まれたようだから」
「…………」
「だから、これだけ言わせて。今さら何を言うのかと思うかもしれないし、自己満足なのはわかってるけど、これだけは言っておきたいの」
「……なんだよ」
少しぶっきらぼうに言うと、ミラベルは肩を震わせた。
「……本当に、ごめんなさい」
涙混じりのその声はこれまでの気位の高いミラベルの物とは思えなかったが、今の俺にミラベルからの謝罪なんて何の意味も価値もなかった。
「……帰ろう、皆。ノドカ達も待ってるからな」
「ああ」
キビツヒコノミコト達が頷いた後、俺はガーデンコントローラーを操作し、神庭に帰り始めた。そして神庭に転送される直前、膝をつきながら肩を震わせ、顔を両手で覆いながらまるで小さな子供のように泣くミラベルの姿が目に映った。
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