第24話 静かな怒り
午後、私は近くの本屋さんまで来ていた。お目当ての本というのは今話題の漫画や小説ではなく、古事記などを分かりやすく解説してくれている本だった。
今は神野和としてなら様々な神様の力を借りられるし、確実にVTuber活動を始める前よりも知識が増えている。けれど、まだあやふやなところや足りていないところはあるので、私的にはもう少し知識を増やしたいと思っていたのだ。
「あ、それと妖怪についての知識や歴史の本もほしいな。今は妖怪達を呼べないけど、もしかしたらって事もあるし、歴史について学ぶのも好きだし」
そんな事を考えながら歩いていたその時だった。
「あ、勇美じゃん」
「え? あ、秋緋」
声をかけてきたのは秋緋だったけれど、その隣には見慣れない人が立っていた。髪を金に染めてアクセサリーをじゃらじゃらとつけながら服もだらしなく着ているどこか軽薄そうなヘラヘラとした笑みを浮かべる人であり、正直私はこの人が初対面から嫌いだった。
「……秋緋、その人は?」
「ああ、私の新しい彼氏で
「そ、そうなんだ……」
「桂大、この子が私のダチの勇美」
「ああ、コイツがか。へえ……」
大春さんは私の事をジロジロ見ながら軽く舌舐りをしており、その姿がたまらなく気持ち悪く、そして恐怖を感じる物だった。
「あ、あの……私の顔に何かついてますか?」
「……秋緋程じゃねぇけど、そこそこの面してんな。まあちょっと遊ぶ程度なら付き合っても良いくらいってことだな」
「……は?」
「ちょっとぉ。私の友達とは言っても、彼女の前で他の女を品定めしないでよ」
「けど、俺って女好きだろ? やっぱ女見たらまずは見た目見て、その後に味見したくなるもんだって」
その言葉と再び向けてくるイヤらしい視線に私はますます大春さんへの嫌悪感を強めており、他のお客さん達も秋緋達に迷惑そうな視線を向けていた。
けれど、秋緋達はその視線に気づいていないのかニヤニヤし続けており、私はこれ以上秋緋達と一緒にいたくないと思ったため、話を早々に切り上げて帰る事を決めた。
「秋緋、悪いんだけど私はそろそろ行くね。お母さんから買い物頼まれてるから、欲しい物だけ買って早く行かないと」
「えー、そんなの後で良いじゃん。私達この後暇だから、遊びに行こーよ」
「そうだぜ、いさみちゃーん。そんなのよりも俺達と一緒にいた方が楽しいって」
「いや、だから……」
「ほら、早く行こって」
私の言葉を無視して秋緋が腕を掴もうとしたその時、私の我慢は限界を超え、思わずその手をもう片方の手で払い除けていた。
「……は?」
「いい加減にしてよ、秋緋。正直に言うけど、私はこの人と一緒にいたくないし、今の秋緋だって好きじゃないの。前から遊び感覚で色々な人と付き合ってたけど、それのどこが楽しいの? そんなの他の人の気持ちを踏みにじってるだけでしょ」
「勇美……!」
「遊びに行くなら勝手に二人で行ってきてよ。私にだって予定はあるし、相手を選ぶ権利だってあるの」
秋緋の表情が明らかに怒っている中、私は不思議と冷静だった。たぶん、前の私なら確実に流されていただろうし、そんな自分の事を後で嫌悪していたと思う。
でも、神野和として色々な人の話を聞きながら話していた事で度胸もつき、ゴドフリー君やティアさんとの出会いによって落ち着いて物事を考えながら最適解を導きだそうとするのも少しずつ出来るようになっていたからか秋緋が怒っていても全然怖くはなかったし、むしろそんな秋緋の姿がどこか滑稽に見えていた。
「その人と一緒じゃない時で予定がない時なら付き合ってあげられるよ。でも、今は絶対にいや。秋緋が誰と付き合おうと秋緋の好きにすれば良いと思うけど、私がその人と一緒にいないといけない理由はないし、その人と一緒にいたって楽しくないって断言出来るから」
「勇美、アンタさぁ……!」
「まあ良いんじゃね、秋緋。これ以上言ったって何も変わらなそうだし、お前だってピリピリしてたくないだろ?」
「それはそうだけどさ……!」
秋緋が私を睨む中、大春さんは秋緋の腕を軽く掴んだ。
「それじゃあな、いさみちゃん。ただおとなしそうな奴かと思ってたけど、その気の強さは結構嫌いじゃないぜ?」
「そうですか。私は貴方の事を好きになれる気なんてしませんけどね」
「あははっ、すっかり嫌われたな。それじゃあまたな」
そう言って大春さんは秋緋を連れて歩いていき、秋緋は本屋さんを出るまで私を目で殺そうとするかのように怒りと憎しみがこもった視線を向け続けていた。
そして、ため息をついていると、周囲からはパチパチと拍手が上がり、私は店内でなんて事をしていたんだろうと咄嗟に我に返り、恥ずかしさで顔が燃えそうなくらいに熱くなっていた。
「うぅ……私、店内でなんて事を……」
その後、私は早々に本を選んで急いでレジへ向かった。レジにいた女性の店員さんからもカッコよかったよとは言われたけれど、誇らしさよりも恥ずかしさの方が勝っていたため、愛想笑いを浮かべながら答えた。
そして、そそくさと店を出た後、私は顔の熱さを感じながらそのまま家へ向かって走っていった。
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