第19話 出発

 翌朝、私は朝食後に神庭へと来ていた。その理由はもちろん、里帰りに出発するというゴドフリー君に会うためだ。


 そして神野和の姿で降り立った後、ゴドフリー君を探すために軽く辺りを見回すと、突然目の前が真っ暗になった。



「え、えっ……!?」

「へへ、驚いたか?」

「その声……ゴドフリー君?」

「ああ、そうだ」



 そして再び神庭の様子が目に映った後、目の前には悪戯っ子のような笑みを浮かべたゴドフリー君が現れ、その姿に安心すると同時に私は小さくため息をついた。



「もう……向こうの世界でもそういう事を誰かにするなら余程仲がよくないと出来ないんだよ?」

「お、そっちの世界だと仲が良いと結構してる事なのか」

「人にはよるけどね。里帰りの準備は出来てる?」

「ああ、バッチリだ。荷物は家の中に置いてあるし、後は出発するだけだ」

「そっか……」



 会おうと思えば、ガーデンコントローラーを使ってここで会う事は簡単に出来る。でも、やっぱりゴドフリー君が旅に出ると聞くと、どうにも寂しさが募ってしまっていた。別に今生の別れというわけじゃないのに。



「故郷の人達、元気だと良いね」

「ああ。ただ、最悪の場合っていうのは考えておいた方がいいよな。アイツらが何かしてないとも限らないからな」

「うん……あ、そうだ。紹介するって言った助っ人を今の内に紹介しちゃうね」

「ん、そういえばそうだったな。けど、そんな助っ人なんてどこにもいなそうだけど……?」



 ゴドフリー君は不思議そうに辺りを見回す。その姿を見ながら軽く笑った後、私はある神様を思い浮かべながら神力を使った。


 すると、私の横には四つの青い渦が現れ、そこからは鎧兜を身につけた四人の男性が現れた後、その内の一人を見て私は驚いた。



「まさか吉備津彦命きびつひこのみこと様がいらっしゃるなんて……」

「なに、形こそ違えど、そなたは私のように人の身でありながら神として民草達から崇め奉られている者だ。それならば、私も力を貸したいと思うもの。

此度は温羅うらのような鬼を退治するわけではないようだが、ここにいる家臣達と共に力を貸そう。異国の若武者よ、よろしく頼む」

「あ、ああ……なんかすごく存在感がある人が来たけど、この人ってどんな人なんだ?」

「この方は吉備津彦命様。私達の世界にあった吉備地方を支配していた温羅っていう悪い鬼を退治して、後世では健康長寿や学業成就の神様として知られてる偉い神様で、私達の世界に伝わる昔話の一つの元にもなった方だよ。

それで、その傍に控えているのが吉備津彦命様の家臣である犬飼健命いぬかいたけるのみこと様と楽々森彦命ささもりひこのみこと様、そして留玉臣命とめたまおみのみこと様で、この方達もその昔話では吉備津彦命様がモチーフになった主人公のお供として一緒に鬼退治をしたの。もっとも、家臣のお三方はそれぞれ別の動物として描かれてるけどね」

「つまり、本当に強い人達ってわけか」

「お主らが使うという魔法とやらには精通していないが、それでも武術の腕には覚えがあり、神力を用いての攻めも可能だ。少なくとも、遅れを取る事は無いと思うぞ?」



 吉備津彦命様がニヤリと笑う中、ゴドフリー君も同じように笑った。



「それは頼もしいな。そういえば、話し方は変えた方が良いか? その方が良いなら変えるけど……?」

「いや、このままでよい。その方がお主も話しやすいだろう?」

「ああ。よし……キビツヒコノミコト、イヌカイタケルノミコト、ササモリヒコノミコト、トメタマオミノミコト、少しの間だけど世話になるな」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。この剣、しばらくの間はお主のために使うとしよう。お前達も再び力を貸してもらうぞ」

「はっ!」

「この身、吉備津彦命様のためにどうぞお使いください」

「我らはいつまでも吉備津彦命様の家臣でありますゆえ」



 家臣のお三方が膝を折りながら言い、吉備津彦命様が嬉しそうに頷く中、ゴドフリー君は私に視線を向けた。



「それじゃあそろそろ俺は出発するぜ、ノドカ。あの開拓地は……まあしばらく放置するか」

「開拓地は私がどうにかしておくよ。日本神話にも色々な神様がいらっしゃるから、帰ってくる頃にはもっと開拓出来てると思う」

「お、そうか? 悪いな、ノドカ」

「ううん、私に出来るのはこのくらいだから。ゴドフリー君、頑張ってきてね」

「ああ」



 ゴドフリー君が笑みを浮かべていると、それを見ていた吉備津彦命様は微笑ましそうな視線を向けてきた。



「うむ、若き和の女神と異国の若武者の絆は美しい物だな。これを機に祝言を挙げて、夫婦になるのも良いのではないか?」

「しゅ、祝言……!?」

「祝言……ってなんだ?」

「えっと……簡単に言えば、結婚式の事で……」

「ああ、式を挙げた上で夫婦になれば良いんじゃないかって事か」

「そうだ。そこは当人達に任せるが、私はそれも良いと思うぞ?」

「き、吉備津彦命様……!」



 照れながら私が言うと、吉備津彦命様はクスリと笑った。



「そう照れずともよいと思うがな。さてゴドフリー、そろそろ出発するとしよう。お主も早く故郷の様子を見たいだろう?」

「ああ、もちろんだ。よし……それじゃあ行ってくるな、ノドカ」

「うん、行ってらっしゃい。と言っても、ここに来ればまた会えるんだけどね」

「あはは、だな。じゃあな」



 そして青い渦が出現した後、ゴドフリー君は吉備津彦命様達と共に青い渦の中へ消えていき、その様子を見ながら私は両手を握り合わせた。



「……どうかゴドフリー君の故郷が無事でありますように。さてと、開拓地の件もそうだけど、王都の件についてもティアさんと相談しないと──」

「呼びましたか、和さん?」

「え?」



 その声に驚きながら後ろを振り向くと、そこにはニコニコ笑うティアさんの姿があった。

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