籠を灯して

おくとりょう

僕の妻は手首が落ちる

 いつも手首がポロンと取れても、大したこと無いように笑う君が好きだった。大好きだった。

 手首が無くなったままの肘をついて、カウンター席でぼんやりしている君の横顔が好きだった。グラスに入ったロックのウィスキーをストローで飲む君の頬が、次第に朱く染まるのを見ているのが好きだった。僕の視線に気づいてスッと目を細める、君のその笑顔が好きだった。もうきっと一目惚れだったと思う。

 ガバッとその腕を振り上げ、ふざける君が愛おしくって「カマキリみたいだね」というと、「じゃあ、貴方は私に食べられちゃうね」と僕を抱き締め、首元にキスした。あの初めての夜を僕はずっと覚えてる。


 天涯孤独となったこの人生で、君は唯一の光だった。

「ひとりじゃないよ。私もこの子もいるじゃない」

 耳元で囁く君の声。手の無い君の代わりに、膨らみ始めた滑らかなお腹をそーっと撫でる。中にいる愛しい我が子が外の僕たちの様子を伺ってる気がして、胸に柔らかな熱が生まれる。


「……ごめんね」

 君が僕をギューッと抱き締めた。彼女の身体の熱を感じる。

 きっとこれは愛だと思う。僕のことを溶かすほどに熱い愛。僕の身体は甘い蜜に包まれるように、とろけるほどに熱くなる。あの夜、感じたほんの少しの恐怖の色が胸の熱に塗り潰される。


 ずっと大好きだよ。

 ぼんやり薄れる意識の中で、この先のことを考えた。ちゃんと生活できるだろうか。落ちた手首をそのままにしていた君の部屋を思い出す。仕事はバッチリこなすくせに、不器用な君。ひとりでもちゃんとしてくれれば、いいけど。いや、もうひとりじゃないのか――。


――――――――――――――――――――


 ゴトンと音を立てて、彼の頭が落ちた。浴室の床を転がるそれを、その表情を見たくなくて、私は拾えずそのままにした。

 じっとしていると、ドロドロに溶かした彼の身体が自分の中に染みるのを感じる。だけど、お腹の中で暴れる我が子が私のことを責めてる気がした。それでも、もう私はひとりぼっち。手先の無い腕でただ自分の腹を撫でることしかできなかった。

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籠を灯して おくとりょう @n8osoeuta

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