第十節:第一次布哇沖海戦(十)

「このままでは夜襲となるか……」

 合衆国軍に限らず、夜戦を好む軍隊はそう多くない。なぜならば、考えればわかる。夜戦ということは電灯もない時代においてはすなわち月明かりだけで敵勢力や戦果を確認する必要があり、またその結果無駄に損害ばかりが増えて混乱するだけの夜戦を誰が好もうか。むしろ、夜戦用の部隊を備えている帝国海軍の方が異常なのである。

 ……そして、困ったことに合衆国軍はレーダーが発明された今でも夜戦というものに非常に苦手意識が存在した。それには、様々な理由が存在したが、それを一々叙述していてはきりが無いため簡潔に記すと、彼等は夜目が利かない、という要因が存在する。より具体的に書くと、非常に長くなるが、可能な限り要点だけ説明すると、白人種という存在は環境を変え続けることによって進軍していたという史実ないしは証拠が存在する。

 つまりは、森を切り開くことによって街をつくり、外敵、この場合は獣を排除し、そして他者、この場合は異教徒ないしは異端者を選別し、殺害することによって集団を維持していたという厳然たる事実が存在する。言ってしまえば、外的要因を変え続けることによって生存してきたということだ。すなわちそれは、夜目が利かなければ、夜でも日光に匹敵する存在を作り出せば良い、という思考方向となる。今回、その思考方向の倫理的是非は問わないが、それが白人種という存在であった。同じ一神教徒でもムスリムはここまで驕慢ではないので、恐らくこれは、あるいはこれこそが、白人種という存在の原罪なのであろう。

 話を、布哇沖海戦に戻す。そういった理由により、夜目の利かないこともあって混戦するだけの夜戦を避けるために、彼は決戦の時刻を黎明にずらすことを目的として意図的に艦隊速度を下げはじめた。……だが。

「大変です、司令官!!」

「どうした、そんなに息を切らして」

「空母部隊が全滅しました!」

「なん……だと……!?」

 時刻は、日が変わって早々にまで遡る……。


 1月19日午前3時より少し前のことである。僚艦であるサラトガも失い、多数の護衛艦を喪失したエンタープライズは、それでも敗戦の責を負うためか、生存者としての最期の責任である戦訓報告を行うためか、辛うじて存在する命の灯火を合衆国本土に持ち帰るためにさまよっていた。だが……。

「メーデー! メーデー!」

「くそっ、折角生き残ったのに……!!」

 ……あろうことか、エンタープライズは天災によって喪失した艦艇として記録されることとなる……。

 始まりは、1月18日のサラトガ喪失に遡る。サラトガを喪失しつつも、辛うじて帝国海軍潜水艦部隊の「送り狼」を回避することに成功したエンタープライズは、戦場海域を抜けて撤退することに成功した。少なくともここまでは、彼等は幸運であった。だが、彼等の命運は突如として失われることとなる。

 彼等は帰還のための最短経路をたどるために、出撃した基地であるバンクーバー島ではなく、元々ハワイが指定されるまで母港として存在したサンディエゴ目指して撤退していた。だが、合衆国本土の西海岸とは、比較的天災の生じやすい地形であり、今回も多分にもれず代表的な天災――いわゆる帝国本土でいうところの台風のことであるが――ハリケーンと思わしき現象が発生していた。原因は不明である。そして、幾多の戦役で傷ついていたエンタープライズは、そのハリケーンに巻き込まれた!

 ……損傷の激しいエンタープライズはダメージコントロールを駆使したがそのハリケーンになすすべもなく沈没、その事実を合衆国首脳部が知るのは、ハリケーンに巻き込まれた乗組員の死骸がカリフォルニア州に降ってきたからであった……。

 かくて、合衆国軍太平洋艦隊は全ての航空母艦を喪失した。一応、軽空母や護衛空母の類いを勘定したら、ひょっとしたら存在したかも知れないし、合衆国海軍の機体は折りたたみのしやすく、すなわち輸送の容易な構造をしていたため量産して輸送船に積み込んだら各地に展開できたかもしれないが、今回発生したハリケーンが運んできたエンタープライズの乗組員の死骸がカリフォルニア州に降ってきたことを始め、海上で航空機を運用するための大型母艦の全艦喪失、更には今から発生する布哇沖海戦で合衆国軍太平洋艦隊の戦艦部隊が壊滅状態に陥ることによってもはや彼等は太平洋から帝国軍を押し出すための士気を喪失していた。第一次布哇沖海戦における合衆国軍太平洋艦隊の戦艦部隊の衰亡録はまた次話以降で語るが、結果的に短期間で現有兵力の大半を喪失したことは合衆国の継戦意欲に大きく影を落とすこととなる……。

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