第九節:第一次布哇沖海戦(九)
「……なんとか、蒔いたか」
「連中の攻撃が第一波だけで済んで助かりましたな」
一方で、此方は合衆国軍太平洋艦隊空母部隊、すなわちエンタープライズとサラトガであった。一応、他の艦船も存在したのだが、その数はわずかで輪形陣を組めないほどの数でしかなかった。
「とはいえ、速度が遅すぎる。このままでは風向きによっては……」
「大丈夫だ、いざとなればカタパルトを使ってでも発艦させればいい。それよりも……!?」
突如、サラトガから水柱が上がった。魚雷による攻撃だ。
「ちいぃっ、生き残りがいたか!」
「対潜攻撃用意!」
「艦長、どうやら航空隊の皆様方があらかた護衛艦を潰してくれたようです、連中輪形陣すら組んでません」
「と、いうことは……」
「爆雷が降りてくる頃でしょうが、この密度であれば潜水艦でも躱せますよ!」
「頼んだぞ!」
伊号潜水艦は、騒音対策をあまり出来ていない潜水艦であった。だが、この際それはあまり問題ではなかった。彼達は、ドイツ軍の潜水艦乗りから受けたわずかな時間の「授業」を見事ものにした精鋭であった。
彼達はマラッカ海峡近海でその授業を受けるや直ちに輸送機などによって各地へ配備され、一部は本土に赴いて潜水艦学校教官となって指導に当たった。
それによって日本軍にしては珍しく早期に潜水艦の戦術のノウハウを構築することに成功、一部の潜水艦乗りは潜望鏡深度などまで浮かび上がることもない割と深い深度に潜って音響だけで魚雷攻撃を出来るほどの精鋭まで存在した。
実は、だいぶ前に書いた戦艦部隊に被害を与えた前哨戦の潜水艦乗りは潜望鏡深度からかなり離れた深いところから、比較的真下に近い角度で魚雷を発射するという離れ業で撃破した上に、轟沈偽装まで行って近海を離脱、現在の再攻撃に挑むことに成功していた。そして、言葉は悪いが送り狼の如く速度の低下して、護衛官の数も少ない空母部隊への攻撃を開始していた。いわば、航空隊員の攻撃はこれを成功させるための地ならしに近いものであった。そして……。
「……なんということだ……」
米空母部隊の司令は、眼前でサラトガが沈むまでの光景を見続けるしかなかった。そして、彼の直感はこのエンタープライズも同じ目に遭うだろうという確信があった。だが、その直感を実現させてはならない、そう思い彼は、敵前逃亡による査問会行きを承知で、戦場海域から離脱をすることを決意した。無論、戦艦部隊に連絡は送った上で。
そして、1月18日の薄暮、サラトガが沈みエンタープライズが撤退を決意した頃のことである。電文を受け取った戦艦部隊の司令官が溜息交じりに電文をしまい込み、かぶりを振った。
「司令官、いかがなさいましたか」
訊ねる従卒。無論、眼前の司令官が病み上がりなこともあって気落ちしていないかと訊ねることもあったが、眼前の司令官は病み上がりにしては頑健な態度で立っていた。
「……空母部隊がやられたらしい。ふがいないと笑えもするが、まあ所詮は空母がやられただけだ、予定通り進撃するぞ」
戦艦部隊の司令官は進撃を判断した。とはいえ、その決定は誤算から来るものであった。そう、病いはまだ治りきってはいなかったのだ。
「は、しかし……」
「おう、どうした」
「……連中の戦艦は、フィリピン沖から随分速く移動したんでしょうかね?」
従卒は疑問を素直に口に出した。呂宋共和国にそびえ立つコレヒドール要塞を始め、東南アジアの要塞群を軍艦大和達が撃破したのはもうこの当時既に世界中に知れ渡っていた。官報や公式発表では淡々としたものであったが、一部の新聞社は非常にヒートアップしていた。その後、その新聞社は行政処分を食らっていたというオチまでついていた。
「……潜水艦にやられたらしい。事前に空襲で大半の護衛艦を沈められたからとはいえ、なんともやれやれといったところか」
「それは、そうかもしれませんね。我々はあれから幸運か必然かはわかりませんが、潜水艦からの攻撃は食らっていませんから」
「おう、それじゃ行くとするか」
そして、彼等はわざわざ好んで死地に向かった。
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