第十三節:第一次ベンガル湾海戦(十三)

「司令長官、水雷戦隊より連絡が入りました」

 伝令係の人間が司令長官に電文を持ってきた。それを聞いて司令長官である長谷川は、若干、顔をしかめたという。

「……案の定か。内容、当ててやろうか」

 しかめた顔のままで、読まなくても水雷戦隊からの連絡ということで見当がついたのか、長谷川は返答した。

「全く、無茶をする……」

 続けて、かぶりを振ったのは先任参謀。戦務参謀から繰り上がった人物である彼は、その水雷戦隊の連絡の内容を知っていたのか、或いは長谷川同様に見当が付いたのか、その連絡の内容が妥当かどうかを否定した。だが。

「とはいえ、正しい判断だと思いますがね、私は」

 水雷戦隊よりの電文の内容を、見ないで当てた人物はもう一人存在し、さらにその人物はその判断を好評した。新しく戦務参謀に着任した人物だ。彼は戦務参謀、すなわち兵站を司る参謀特有の視点でその見てもいない電文の内容をこう評したという。

「今の段階で、東洋艦隊を可能な限り削っておくのは、制海権のことを考えたら十二分に有意義なものと思われます。連中に秘密基地でも無い限りは、アフリカまで撤退せざるを得ないでしょう」

「……だと、いいがね。どう思います、参謀長」

「……まずは、電文を見てみましょう。だいたい察しは付きますが、齟齬があってはいけない」

 話を振られた参謀長、すなわち醍醐は、情報というものを誤断したら如何に拙いことが起きるかをよく理解していた。とはいえ、醍醐も予想していたとおりの内容であったのだが。


 そして、水雷戦隊よりの電文が読み上げられ、彼らはその電文が予想通りの察しが付く内容であることを確認し、施策に取りかかりはじめた。そして、案の定とびきり早かったのは、醍醐であった。彼は何も、天皇の末裔だから参謀長になったのではなかった。少なくとも、彼は有能であり、尚且つ教養人であった。

「……司令長官、直掩機の護衛や偵察を引き続き行うと共に、第三戦隊の突出を行ってはどうでしょうか。如何に酸素魚雷が強力なれど、敵が撤退戦に戦艦を出してくると拙いのでは」

「……出してくるかね?」

「私が相手ならば、最後の撤退作戦で出します」

 そして、醍醐はなんと撤退作戦で遅滞防御の一環としてレゾリューションが出現することを予知していた。無論、それは捨て駒として扱うにはあまりにも大駒といえたのだが、ゆえに本隊の撤退を容易ならしめるには好都合といえた。

「で、何隻出してくると思う」

「……私が相手ならば、残った三隻の内、三隻とも出します」

「……そこまでするかね」

「ええ、もし相手が何らかの理由で経験した司令部を守護したいのであれば、ですが」

 実は、醍醐はこの時敵が秘密基地を隠匿するために撤退戦を継続していることを察していた。問題は、その秘密基地がどこにあるかまではまだ把握していないため、醍醐自身も「秘密基地がある可能性を持って考慮せよ」としか言っていなかったが。

「……いいだろう、そういうことならば第三戦隊を突出させよう。駆逐隊の護衛はどうするかね」

「一水戦と四水戦から一つずつ引き抜きましょう。第一戦隊と三航戦で一部隊ずつ使えば充分でしょう」

「わかった、それでは二十七駆と二駆に頼むとしよう。第三戦隊に通達、水雷戦隊と共に現場を先行せよ!」

「ははっ、第二十七駆逐隊と第二駆逐隊に護衛を要請、第三戦隊に突出の許可と水雷戦隊と共に現場への先行を要請します!」

 伝令係が電文を編み始めると共に、戦場は急速に動き始めた。何せ、三航戦と第一戦隊が離脱することによって、艦隊速度は5ノット上昇するのだ、それが意味する所はただ一つ、東洋艦隊の寿命がそれだけ減少すると言うことである。

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