第十二節:第一次ベンガル湾海戦(十二)

 それは、残念ながら当然の結果であった。東洋艦隊は必死に、缶も壊れよとばかりに速度を上げていたが、彼らの最大戦速はもともとそこまで速くない。建造時の最大戦速すらも23ノットに過ぎないのに、損傷して撤退中の現在ではさらに落ちるのは明白であった。ゆえに、彼らは追いつかれる。

 何せ、制空権は日本軍が握っているから好き放題偵察されている上にそもそも日本軍の最大戦速は損傷艦が一隻だけ(那珂のこと)なこともあって速度の差を考えればよほど巧みな逃げ方をしない限り、直線上であればいずれ追いつかれるのである。

 そして、一隻、また一隻と東洋艦隊は脱落していく。


「連中は逐次投入の愚を知らないんでしょうかね」

 ある参謀が、都合七隻目の東洋艦隊所属の駆逐艦が撃破された様をみて呟いた。無理からぬことだ、何せ、イギリス海軍東洋艦隊は明らかに戦力の逐次投入を行って連合艦隊を足止めしていたのだから。

「……知っているからこそだろう。少しでも小型艦で時間稼ぎをして本隊を逃がそうとしているわけだ。……そんな戦訓、どこかで見たな」

 一方で、戦力の逐次投入の愚を知っていてそれを行わざるを得ない彼らに若干の憐憫らしきものを浮かべた参謀がいた。既に救出している東洋艦隊船員は一千どころか三千は超えており、那珂の護送を含めてイギリス軍の捕虜を満載して輸送した駆逐艦部隊は一個駆逐隊に上ろうとしていた。

「まあなんにせよ、だ」

「「せ、先任!」」

 先任とは海軍の場合、先任将校、つまりは幕僚や艦長よりも先にその艦艇に存在したある程度の身分である将校の軍人が該当する。尤も、「先任将校」という立場はその限りではないのだが。そして特筆すべきことは、小型艦艇の場合は艦長に準ずる立場を持っていることが多い。まあ要するに、「いちばんえらいひと」に次ぐレベルで「かなりえらいひと」という認識でいてもらえれば間違ってはいない。

「敬礼は略していい。……恐らく、このまま本隊を司令部ごと逃がして、重要文書の入手を阻止しよう、ってのが腹の内だろう。だが、敵艦隊の速度を鑑みた場合、追い続ければ何れ追いつくだろう」

「確かに、長門型も25ノットを出せる関係上、そうはなりましょうが……」

 最大戦速で艦隊速度を固定した場合、一番遅い艦艇に合わせるのでこの艦隊の場合、25ノットが最大戦速となる。ちなみに、速度にはいわゆる最大戦速の他にも戦速は存在するし、戦闘中では無い場合は速くて巡航、通常の並速というのも存在する。

 余談だが、日本製「」方の某ゲームに書いてある「びそくぜんしん」はだいたい4ノット前後に相当する、らしい。ちなみに、1ノットは1海里を1時間で進むことなので、25ノットとはだいたい自動車の普通道路での速度と同じくらいである。

 詳しく知りたい方は「日本海軍」とか「艦艇入門」で調べて頂ければそういう知識の書いてあるサイトにたどり着ける、と思う。

 基本的に、舟というものは車に比べて遅い。軍艦は速い方なのだが、そう考えれば某ぜかまし(某になっていない)がどれだけ艦艇では異常で、陸上では通常か理解できるだろう。彼女の40ノットとは、概ね高速道路で出せる速度と同等である。

 なお、1海里は1852mである、念のため。

 まあ、要するに1ノットは時速2kmであると思って頂ければ計算しやすい、と思う(厳密にはズレが生じるのだが、わかりやすさ重視で話を進めたい)。

 そして、東洋艦隊は最大でも23ノットしか出せず、連合艦隊は25ノットが一番遅い艦艇に合わせた最大戦速である。無論、長門型(25ノット)を離脱させれば27ノットになるし、金剛型戦艦(第三戦隊)で急行すれば30ノットは稼げるのだが、彼我の距離を考えれば、2ノットの差で詰め寄っても日暮れまでには充分に会敵しうる距離であった。

 本来ならば、正午には会敵しうるはずだったのだが、東洋艦隊が捨てがまり同然の形で小型艦艇を足止めに使ったり、その轟沈した艦艇から可能な限りの船員を救助したりしたこともあって、段々と遅延が生じ始めていた。

 もし、日暮れまでに会敵できなければ、恐らく彼らはアッヅ環礁に退却を成功させてしまうだろう。

 ……そして、那珂を避難させ、残りの駆逐隊を率いる四水戦(第四水雷戦隊の略である、念のため)司令は、一水戦(此方は第一水雷戦隊の略であり、いわゆる「華の二水戦」とは第二水雷戦隊の略である。なお、なぜ二番なのに「華」を冠するのかは、もし機会があれば後述したい)司令と謀って、ある計画を実行した。それは……。

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