第十節:第一次ベンガル湾海戦(十)
「あの三隻、相当の技量だな」
「は?」
かの参謀長、醍醐忠重や現大和艦長である宮里秀徳も務めたことのある那珂の艦長職にあるその海軍大佐は強かに眼前のイギリス軍駆逐艦を讃えた。
「わからんか、味方の駆逐隊が既に脇に駆けただろう」
「なんと!」
駆逐隊が脇に駆けた。それは雷撃を意味するものであったが、たとえ駆逐艦相手、しかも個艦性能では下回る相手であっても、砲撃による攻撃ではなく魚雷による攻撃を行うことを決定したことは、若干那珂の航海長を驚かせた。無理からぬことだ、駆逐艦相手に魚雷攻撃など、仮に命中したとしても損益計算で損であるのではないかと思えるほどのオーバーキルであったからだ。
とはいえ、それには無論事情があった。何せ、駆逐艦を魚雷を使ってでも素早く仕留めなければ、敵の本隊が、位置まで解っているのに逃げおおせてしまうからだ。
そして、那珂の艦長はある事態を既に察しており、ゆえに応戦している水兵を失わないために、ある命令を発した。
「時間は今のところ、我々の敵だ。ゆえに素早く仕留める必要があったのだが、あの三隻はそれを理解している。……そろそろだろう、なるべく早くに対衝撃体制を取っておけ」
「は……ははっ!!」
那珂から雷跡が見えたのは、艦長がその命令を発動して丁度二分後であった。
「!!」
なんだ、あれは。
「おい、あれを見ろ」
「は!? ……うわ」
「あんな戦艦と差し違えるとは光栄だ、恐らくあの戦艦は、
四水戦の攻撃で轟沈する寸前、彼らは軍艦大和らしき姿を水兵らしい高い視力で遠目に垣間見た。そして砲戦距離に迫った四水戦のどの艦艇よりも大きいことを無意識的に察知し、同時にその大きさを直感で理解した。そしてある感情が彼らの生涯の最期を支配した。それは、紛れもない興奮であった。
軍艦大和の大きさは46cmの艦砲にしてはそれなりに小さく収まっていたが、何せ破壊済みであるパナマ運河を通れないほどの船体を誇るわけであり、彼らの乗船している駆逐艦と比較すれば、文字通り象と蟻ほどの差が存在した。
そして、ジュピターの艦橋は那珂から放たれた砲弾によってただの鉄くずとなった。無論、飛び込んできた砲弾はその一発だけでは、なかった。
「有賀司令!」
四駆からも、その光景は見えていた。ジュピター、エキスプレス、クオリティ。いずれかは定かでは無いが、そのどれかから放たれた雷跡が那珂を捉え、水柱が発生した。魚雷が命中した特有の戦場光景であった。
「見えているよ。……如何に巡洋艦とはいえ、魚雷一発で沈没はしてないだろう、そんなことより敵はあと何隻ある」
「あと一隻です!」
ジュピターが那珂から放たれた砲弾によって轟沈したことは先述したが、エキスプレスも既に沈んでいた。脇に駆けた二十四駆の魚雷が命中した結果である。
「敵は三隻あったはずだが?」
「那珂以外に、味方の駆逐隊によって撃沈せしめたようです!」
「……そうか」
感慨深そうに頷く有賀。その感慨の中身は、彼にしか解らない部類のものであった。当然、理解していない周囲は、彼に決断を迫り、また有賀もその迫った決断に対して、深く静かに言い放った。
「司令!」
「わかっている。……確実に仕留めろ」
「ははっ!!」
有賀幸作が座乗した隷下の駆逐艦がクオリティを捉えたのは、日が昇って一時間も経過していない、冬にもかかわらず赤道直下の暑い日差しがぎらつきはじめた頃であった。
那珂の被害報告と、眼前の敵駆逐隊の全滅の報告が大和艦橋に入ってきたのは、戦闘配食による朝食が運ばれる少し前といったところであった。
「那珂がやられたか」
「流石に無傷とはいかなかったようですな。……かくなる上は弔い合戦を仕掛ける必要があります。なんとしてでも敵本隊を仕留めましょう」
正確には、艦長の予知とも言える早期判断によって奇跡的に死者はでていなかったのだが、巡洋艦那珂が一時的に離脱せざるを得なくなったのは事実である。そして、那珂が損傷したという事実は大きかった。事実上、彼らは欲を掻いてパーフェクト・ゲームを逃した形となったからだ。無論、戦争はゲームではないのだが、だからこそ勝つ必要があった。
「おう。……で、どうやって」
「航空攻撃は実証いたしました。あとは……」
航空攻撃の威力は、夜間空襲である奇襲効果をさっ引いたとしても、それなりに有り得る事態であるという証明が行われた。だが、敵の無線を傍受できた結果、彼らはまだ
「だな。彼我の距離は」
「正午になるまでには追いつくでしょう」
「そうか」
そして、追撃戦が再開した。第一次ベンガル湾海戦は、まだ終わらない……。
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