第八分節:ベンガル湾の大和(四)

 1942年1月、イギリス軍が日本艦隊を見つけて一度目の夜が訪れ、そのまま夜が明けるかと思われた日が変わる頃のことである……。


 イギリス海軍駆逐艦、エキスプレスにて。

「!

 キャプテン、潜水艦を見つけました!」

「何!?」


「艦長、敵潜水艦らしき艦影を見つけたとの由、爆雷投下許可を!」

「いいだろう、ヘッジホッグを試す良い機会だ、存分にやれ!」

「ははっ!!」

 だが……。


「……敵潜はまだ撃沈できんのか?」

「今少しお待ち下さい、ヘッジホッグ投下後はしばらくアズデックが利きませんから」

「……そうだったな。しかし、待機時間が長いと少し、やきもき……何事だ!?」

 突如として、妙な閃光がエキスプレスの夜戦艦橋に空いているスリットより入り込み、その後轟音が発生して、最後に日本軍よりも遙かに小さいこの駆逐艦の艦艇が強烈に揺すぶられた。どうやら、先ほど発見した潜水艦が放った魚雷が味方の艦艇に命中したのだろう。

「ダメージコントロール用意、急げ!」

「ははっ!!」

 だが……。


「遅いぞ!」

「すみません! ……しかし……」

「しかし、なんだ!」

「……本艦にダメージの形跡無し、どうやら僚艦が攻撃を受けたと思われます」

 さきほどから閃光があちこちから観測され、更にはこの小さき駆逐艦は四方八方からオモチャのようにゆすぶられ、とはいえ浸水発火などの事故は起きておらず、それはとても奇妙な事態であった。

「なら、爆雷をありったけばらまけ! 近くに潜水艦がいるのは間違いないんだ!」

「爆雷なら、先ほどからありったけばらまいております!」

「……じゃあ、なんでだ!?」

「わかりません!」

 ……そして、彼らが夜明けまで生存して昼戦艦橋に移った際に眼光に映った光景は……。

「お、おい、うちらの旗艦ってどこにいるんだ?」

「は? ……我等の旗艦ならば確かそこのウォースパイト……あれ」

「僚艦より電文です!」

「おう、なにかわかるか!」

「……そ、それが……」

「どうした、落ち着いて報告しろ」

「……艦長も、落ち着いてくださいね。

 ……『東洋艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズならびにウォースパイト、ロイヤル・サブリン、インドミタブル、フォーミダブル、アーク・ロイヤル、他多数の艦艇が夜間の間に襲撃を受け轟沈、我等これより僚艦の退却を支える、希望者を募られたし』……とのことにございます!」

「……は?」

「ですから!」

 ……これでは、エキスプレス艦長はもちろんのこと読者の方にもハァ~、サッパリサッパリ! なので以下にどういうことが起きたのか、説明しよう。


 牟田口バカでもわかる? 東洋艦隊撃滅の手引き

 1.Uボートの案内の下、最初に急降下爆撃隊がアルミニウム(いわゆる、「チャフ」)をばらまき、同時に吊光弾を投下

 2.続いて、同じくUボートの案内の下、夜間にも関わらず多数の攻撃機が艦艇の合間を縫って魚雷を大量に、交差するように投下

 3.そして、夜が明ける前に退散して飛行場に戻り、何食わぬ顔で整備にいそしむ


 ……無論、Uボートの案内がなかったとしてもこの当時の日本軍航空部隊ならば夜間飛行も可能なのだが、念には念を入れるのは軍の基本であり、さらに言えば最初にUボートに注意をそらすことによって航空部隊の襲撃という現象をごまかし、さらにアルミニウムの断片をばらまきつつ吊光弾によって相手の目を電子ごと一時的に封印、最後にその隙を縫って雷撃隊が突入するというものであったが、この夜討ちによって戦艦三隻、空母三隻を初め、巡洋艦以下大凡12隻以上といった戦力を失った東洋艦隊はほぼ全滅(軍事的な意味で)、かろうじて轟沈しなかった艦艇も大なり小なり損傷を負っており、このままではひいき目に見ても艦隊決戦など夢のまた夢であった。


 それでは、以上のことを踏まえ先ほどの文面を今一度見てみよう……。



 イギリス海軍駆逐艦、エキスプレスにて。

「!

 キャプテン、潜水艦を見つけました!」

「何!?」

(この時点で、Uボートに注意が行くよう引きつけ、さらに相手のレーダーに映り込む頃にはアルミ断片をばらまいたことによりレーダーが使い物にならない上に多数のアルミなどによって電波障害が発生し、旗艦から麾下の艦艇への通信が遮断されていた)

「艦長、敵潜水艦らしき艦影を見つけたとの由、爆雷投下許可を!」

「いいだろう、ヘッジホッグを試す良い機会だ、存分にやれ!」

「ははっ!!」

 だが……。

(Uボートはこの時点で囮であることを承知で戦っており、ゆえに魚雷発射ポイントに偶然出くわしたとしても攻撃を控え、回避のみに専念していた)

「……敵潜はまだ撃沈できんのか?」

「今少しお待ち下さい、ヘッジホッグ投下後はしばらくアズデックが利きませんから」

「……そうだったな。しかし、待機時間が長いと少し、やきもき……何事だ!?」

 突如として、妙な閃光がエキスプレスの夜戦艦橋に空いているスリットより入り込み、その後轟音が発生して、最後に日本軍よりも遙かに小さいこの駆逐艦の艦艇が強烈に揺すぶられた。どうやら、先ほど発見した潜水艦が放った魚雷が味方の艦艇に命中したのだろう。

(と、書いたが、無論そうではない。魚雷が命中したのは事実だが、それは雷撃隊が放ったものであり、そもそも轟音の前の「閃光」は吊光弾によるものだった。そして、そもそもこの頃にはUボートは既に退却し始めており、イギリス軍は無為に爆雷を投下していたことになる)

「ダメージコントロール用意、急げ!」

「ははっ!!」

 だが……。


「遅いぞ!」

「すみません! ……しかし……」

「しかし、なんだ!」

「……本艦にダメージの形跡無し、どうやら僚艦が攻撃を受けたと思われます」

 さきほどから閃光があちこちから観測され、更にはこの小さき駆逐艦は四方八方からオモチャのようにゆすぶられ、とはいえ浸水発火などの事故は起きておらず、それはとても奇妙な事態であった。

(雷撃隊は大戦果を狙ったため小隊ないしは中隊ごとに大型艦艇を一隻ずつ沈めており、結果として駆逐艦などには狙いが三万になっただけである。ある意味、彼らは運が良いといえた)

「なら、爆雷をありったけばらまけ! 近くに潜水艦がいるのは間違いないんだ!」

「爆雷なら、先ほどからありったけばらまいております!」

「……じゃあ、なんでだ!?」

「わかりません!」

 ……そして、彼らが夜明けまで生存して昼戦艦橋に移った際に眼光に映った光景は……。

「お、おい、うちらの旗艦ってどこにいるんだ?」

(……そして、彼らはいないはずの旗艦を探すことになる、というわけで)

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