第四分節:いとも大きなキノコの雲は

 12月16日に完成した新鋭戦艦を旗艦とした呂宋解放艦隊は緩やかに進軍を開始、本来ならば急行して一両日、並足でも3,4日もあれば呂宋沖に到着しようものをわざわざ一週間は時間を割いて現場へ向かった。何も、ただぐずぐずしていたわけでもなければ13ヶ処への急襲作戦に物資をとられて節約していたわけでもない。現場まで一週間の時間を掛けて航行した、その理由とは。

「艦長、敵軍は案の定守備体制を整えております。ある意味では好機かと」

 ……そう、彼らはわざわざ敵軍が一カ所に集結する状態を待っていたのだ。考えればわかるだろうが、ゴミ掃除というものはなぜ箒を使うのか。それはわざわざ部屋中のゴミを拾って集めるよりも一カ所に集めて袋に入れた方が楽に片付くからである。そして同様に、敵軍もわざわざ散逸させてゲリラ化させるよりも初手で殲滅できたならば、なんの憂いもなく占領できる。そんなこともわからない程、彼らは愚物ではあり得なかった。

「そうか、確かにこれ以上無いほどの「好機」だ。……長官、それでは、ご指示を」

「いいだろう。……第一戦隊、左舷砲雷撃戦用意!」

 そして、殲滅戦が始まった。まあそもそも、戦艦とは40キロ先の動く的目掛けて大筒を放つ兵器である。ゆえに、いかに対地目標では対艦砲の方がダイヤグラムとして優勢といえど、そもそもコレヒドール要塞に存在する要塞砲は14インチ(サンチに直して約36サンチか)に過ぎない上に射程距離は艦砲に比べて圧倒的に短い。……あとはまあ、語る必要も薄いだろう。

「左舷砲雷撃戦用意!」

「コレヒドール要塞を、更地になるまで叩く!狙いを定めて撃て!」

「ははっ!!」

 12月23日、46サンチ砲門が九門、41サンチ砲砲門が合わせて十六門の……もはやトン数で数えた方が早い位の砲撃がコレヒドール要塞に襲いかかった。何せ、最初の斉射――その砲撃力は砲弾重量で合計して約30tに相当した――が命中した際に要塞の司令部は木っ端微塵に粉砕されたのである。さすがに、その27発全てが全弾命中とはいかなかったものの、なんと軍艦大和の46サンチ1360キロ砲弾が2発もコレヒドール要塞の司令部に直撃した! 最初に飛び込んできた46サンチ砲弾は要塞の装甲を新聞紙のようにくしゃくしゃに破壊し、続いて飛び込んだ二発目の46サンチ砲弾――恐らく、違う砲塔から発射されたものだろう――はいとも鮮やかに司令部内部に着弾し炸裂、当然ながらそこに存在していたマッカーサーを初めとした司令部要員は、最初の一撃だけでその全てがただの肉片と化した。だが、さすがにそんな細々とした風景は大和からえるわけがなく、二回目の斉射が開始された。そして、三発目の斉射を構えるまでもなく、その戦果は確認された。なぜか。なぜならば――。


『!?』


 とてつもない轟音が鳴り響く。艦砲射撃を行った側の、歴戦の海軍将校である彼らの胆すらも冷やしたその轟音の正体は……。

「なんという禍々しい雲だ……」

「さしずめ、キノコ雲とでも称しましょうかな、あれは」

 ……軍艦大和二発目の斉射による砲撃は、なんとコレヒドール要塞の弾薬庫に直撃、一応は分割されていたであろうその弾薬庫の、第二倉庫とでも言うべきその装甲で固められた中をこじ開け炸裂、先程の司令部要員殲滅とは比べものにならない砲撃効果を齎した。何せ、後に合衆国に雨霰と降り注ぐ反応炸裂兵器に匹敵するほどの火薬が炸裂したのである、当然ながらその砲撃効果はキロトンにおよび、物理的に起きうる現象――いわゆるキノコ雲――を周囲に観測させた。違うのは、放射能性物質をまき散らすか否かということであったが、この禍々しい雲を見た周囲の合衆国軍は降伏を諦観した。……まあ、無理からぬことではあった。

 ……そして、難攻不落と讃えられたはずのコレヒドール要塞はたった数時間で潰滅、周囲の合衆国軍も降伏したことによってフィリピンは事実上陥落した。呂宋共和国の独立記念日が独立政府の発足前のはずの日付――1941年12月23日――なのはそれが理由である。

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