第43話 白雪姫と白雪姫?
「あっぢぃ……」
ギラギラと輝く太陽を手で隠しながら、重い体を何とか動かす。自分の部屋にいた時はあんなに軽かった体が、外に出た瞬間おもりを体のあちこちに着けたみたいに重くなる。今はまだ何とか人としての体裁を保つことが出来ているが、もう少ししたらゾンビのような歩き方になる自信がある。
あぁ……暑い。今すぐエアコンのある場所に避難したい。そして避難した場所から出たくない。もう夏のことなんて知りません。私はエアコンのある場所に帰らせていただきます。
額を伝う汗を拭い、襟元をパタつかせて服の中へと風を送り、出来るだけ日陰になっているところを歩きながら目的地へと足を動かす。家の中では特になんとも思わない虫の声が今はとてつもなく鬱陶しく感じられた。
「はぁ~……唯一の救いだわこれ……」
日の当たらない場所を歩いていると、体を撫でるようなそよ風が吹いてくる。日が当たる場所での風はお世辞にも気持ち良いものと言えないが、日陰にいるときに吹く風は、暑い夏によって荒んでしまった心を洗い流すかのような気持ちよさがある。
人為的に作られた涼しい風とはまた別の気持ちよさに俺は表情を緩める。一生このくらいの風が吹いていたら、快適なんだけどなぁ……。
太陽の元気を唯一落ち着かせることが出来る雲君がお休みしている今日みたいな日は、代わりに風君が太陽から発せられた熱を和らげる仕事をしてくれる。
ただ仕事をしてくれるのはすごいありがたいことなのだが、どちらも気分屋のためいつ働いてくれるのか分からないのが辛いところ。まぁ今日のところはしっかりと働いてくれたので良しとしますか。
俺はそよ風のおかげで少しだけ元気を取り戻す。徐々に曲がっていた腰が伸び、下がっていた視線が前を向く。ゾンビになりかけていた俺は何とか人間へ戻ることに成功。さすがにゾンビ状態を人に見られたくはなかったので、ここで回復できたのは精神衛生上非常に大きい。
「まぁでも暑いのには変わらないんだけどね……」
風がいくら吹いても太陽が照らし続ける限り、暑さは消えない。これが夏の醍醐味であると同時に厄介なところでもある。とりあえず速く買い物を終わらせて家に帰りたい。
日の当たらない場所を歩きながら、目の前の交差点をまっ直ぐ進もうとしたその時、横から小さな女の子が突如現れる。
「きゃっ!!」
「っと……大丈夫?」
「大丈夫…です。その…ごめんなさい」
ぶつかりそうになった少女の体を優しく受け止める。麦わら帽子を被ったおそらく5、6才くらいの女の子は丁寧に受け答えをして、頭を下げる。
「怪我がなくてよかった。それとこっちもごめんね?」
「ううん、大丈夫…です」
怪我がないことを確認した俺は、少女へ向かって謝罪の言葉を述べる。少女がぶつかった衝撃で転んだりしなくて良かった。暑いと注意力が散漫になってしまう。今回は特に怪我無く済んだけど、こういう曲がり角とかは気をつけないとな……。
ん?……この子見覚えが……いや気のせいか?
こちらを見上げる少女にどこか既視感を覚える。どこかで会ったとかそういうのではないが、初めて会ったような気がしない。うーん……暑さでおかしくなったか?
「どうかしたの?」
不思議そうにこちらを見つめる赤い瞳。こんな小さな女の子と会話した記憶は全くないため、多分俺の気のせいだろう。あれだ、脳が疲れていると既視感を感じやすくなるとかなんとか聞いたことあるし、多分それだろう。
「ううん、何でもないよ。暑いから倒れないように気を付けてね」
「うん!ちゃんと帽子被ってるから平気!」
身を少し屈めて目の前の少女の視線の高さに合わせ、出来るだけ柔らかい笑みを浮かべる。
「そっかそっか、それと水分補給も忘れないようにね」
「分かった!ありがとうお兄ちゃん!お兄ちゃんも気を付けてね!」
「うん、ありがとうね」
oh……お兄ちゃん……なんという甘美な響きなのだろうか。いや決してロリコンというわけではないんですよお巡りさん。ほら、小さい子って無条件に可愛いじゃないですか。それですよ。
こちらに手を振りながらまっ直ぐ歩いて行った少女に、俺も手を振り返す。というか進行方向一緒なのか……。どうしようストーカーだって思われたくないし少しだけここで待つか。
自分が行きたい方向に進んでいった麦わら帽子の少女。全く持ってやましい気持ちはないのだが、変に疑いをかけられるのは嫌なので、俺は少しその場でスマホをいじってから歩き出すことにする。
ま、そろそろいっかな。
少女との距離が一定以上離れたタイミングで俺は交差点をまっ直ぐ進もうとする。すると次の瞬間先ほどと同じ方向から黒髪の少女が現れる。
「きゃ!」
幸いにもぶつかることはなかったが、先程と同じような状況になってしまう。気を引き締める話はどこ行ったんですかね?
「すみません、大丈夫です……か?」
驚きで大きく見開かれた赤い瞳、太陽の光を吸収する夜空のような黒髪。ああなるほど、先ほど抱いた既視感はこれか。道理で見覚えがあるなって感じるわけだ。
先ほどの麦わら帽子を被った少女に抱いた既視感。あれは単なる気のせいだと思っていたが、どうやら気のせいではなかったらしい。
「大丈夫で……って拓人!?」
あの麦わら帽子を被った小さな女の子は凛花にすごく似ていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます