第41話 白雪姫とのキャッチボール
「あ、拓人」
「お疲れ凛花」
図書室の扉を開けると同時に涼しい風が体を撫でる。あぁ涼しい、一生ここにいたい。本当にエアコンを考えた人に一度土下座して感謝を伝えたいわ。
俺はいつもと同じように凛花の隣に座り、カバンの中から今日読もうと思って持ってきたラノベを引っ張り出す。なんと今日が1学期最後の図書委員会の仕事の日。いつもよりも気合を入れて頑張りましょう。まぁ人ほとんど来ないんですけどね。
「拓人、テストどうだった?」
「いつもと同じ感じかな。でも一応前回より順位は上がった」
「ふぅん、ちなみに何位だったの?」
「84位」
「また微妙な点数……でも前回より結構上がったね」
「どうよ、前回より20位近く上がったぞ」
「すごいね拓人。ちなみに数学は何点だったの?」
「50点です」
「うん、数学もちゃんと上がってるね」
前回は補習をギリギリ回避できる程度の点数だったが、今回はなんと余裕を持てる点数。ふはは、人間は成長する生き物なのだ。
「教えてくださりありがとうございました」
「うむ、くるしゅうない」
俺は凛花に向かって頭を下げる。実はあのすれ違い事件の後にも数学で分からない所を教えてもらっていたのだ。……まぁ勉強会で教えてもらった問題は解けなかったんですけどね。
「そういう凛花も1位おめでとう。さすがとしか言えん」
「ふふっ、ありがとね拓人」
凛花は前回に引き続き堂々の1位である。いや本当にすごいね。どうしたらそんなに勉強出来るようになるの?地頭の良さもあるだろうけどしっかり努力できるのは本当に尊敬するわ。
今日が1学期最後の委員会活動の日。だからといって何かが変わるわけではない。今日も俺は本を読み、隣で凛花はペンを動かす。特に会話もなく、自分の世界を広げていく。紙が擦れる音と、ペンの走る音が鼓膜へと響き渡る。
「ねぇ拓人」
「ん?」
しばらくの間動いていたペンがぴたりと止まる。俺は本から目を外し、凛花の方へ顔を向ける。
「拓人は夏休みどこか行く予定とかあるの?」
「特にないかなぁ……友達と夏祭りに行くくらいかな。凛花は?」
「私もあんまりないんだよね。若菜さんと遊ぶくらいかな」
「ふーん、そうなんだ」
……おっとぉ?会話が終わったぞぉ??
会話が始まったと思ったらすぐさま終わりを迎えてしまう。俺はともかく凛花はそこまで会話が下手な方ではないため、こんなにすぐ会話が終わるのはとても珍しい。何か続きがあるのかと思って少し黙って様子を見るも、凛花の口が開かれることはなかった。
え……ちょ、なんか続き喋って!?普通にこれで会話終わるとか気まずいよ!?嫌な記憶が蘇っちゃうから会話続けて!?
初対面の人と会話を試みようとするも、お互いにコミュニケーション能力が平均以下だったせいで、数回会話のキャッチボールをした後それ以降一切会話することなく、微妙に気まずい空気だけが残ってしまうという中学の記憶がフラッシュバックする。なんでこう、話が一度止まると途端に気まずい空気が流れるんだろうね。
とまぁ俺の嫌な記憶は一旦置いておいて、どうしようかなこれ……。このまま会話を終わらせて読書を再開することは簡単なんだけど、さすがにそれはちょっとなぁ……。かと言って変にこの話題を広げてまた会話が止まるのもそれはそれで気まずいんだよなぁ。
「ま、若菜は小学生みたいに元気だし、誘えば基本断られないと思うからどんどん誘ってあげてくれ」
悩んだ結果、俺は落ちたボールを拾い、キャッチボールを再開する選択を取る。さすがにここで終わるのは少し気持ち悪さを感じたのだ。
「うん、この前若菜さんと話したときにすごい勢いで「いつでも誘ってね!!」って言われたよ」
「なんかごめんね?」
うちの幼馴染がすんません。あの子あなたの大ファンなんです。多分だけどあれでも抑えてる方なんです。尻尾をぶんぶんと振っている若菜が思い浮かぶ。今は何とか抑えられているが、いつか飛びつきそうで心配である。
「……ねぇ拓人は」
お、良かったボールをこっちに投げてくれそうで。ばっちこい、多少逸れてもキャッチしてやるぜ。
「……何でもない」
振りかぶった凛花選手、何故かボールを投げることなく手元へと戻していきました。
いや何でもないことないくない!?今投げようとしてたじゃん!!新たな話題を提供しようとしてたじゃん!!
明らかに何か話したいことがあるのに言うのをやめた凛花に思わず「いやそこまで来たら話さんかい!!」とツッコミを入れたくなる。
一体何を話したかったんだ……?うーん……でも会話の流れ的には夏休みとか、若菜とかそこら辺の内容だよなぁ。さすがにどっちかの話の続きだと思う。違う話なら会話の最初は大体「そういえば」とか「聞いて欲しいことがあって」とかになるはずだ。
じゃあ若菜についての話かと言われるとおそらくは違うと思う。だって「拓人は」って言ってたからね。じゃあ凛花が話したい内容は必然的に夏休みのことになる。
夏休み……「拓人は」から始まる内容……突然言いやめた凛花。
与えられた情報から一体凛花が何を言わんとしていたのかを推測していく。
最初の会話の内容は夏休みの予定についてだった。それでおそらく凛花が話そうとしていたことも夏休みのこと……ん?もしかしてだけど……。
点と点が線になり、俺の脳内ランプに火が灯る。もしかしたら凛花はこれを言いたかったのではないかと1つの考えが閃いた。
もしかして凛花は遊びに誘われたいのでは……?
先ほど凛花は夏休みの予定はほとんどないと言っていた。ついでに言うと俺もほとんど予定がない。であれば暇人同士予定を作れば良いのではと考える可能性はあるし、そのことを言おうと思ったけどちょっと恥ずかしくなって言えなかったのなら納得がいく。
いや、間違いかもしれない。というか多分間違ってると思う。でも今俺が持っている情報から推測するとこの考えが一番しっくりくるんだよなぁ。
「なぁ凛花」
「な、何?」
「ぶっちゃけさぁ。夏休みって暇じゃない?」
「それは人によると思うけど……」
「そこで一つ提案があるんだけど、俺たち暇人じゃん?」
「まぁ……そうね」
「だからどっか遊びに行かない?」
さぁ後は凛花の反応を見るだけ。これで俺の予想が外れてたらただきもいやつになるから合っていてくれると精神的に助かる……あれ?これメリットなくない?冷静に考えると、俺がこんなに必死になって得られるものは少ない。え、じゃあなんで俺こんなに頭悩ませてんの?
「……しょうがないわね!私が拓人を暇から救ってあげる!」
「わぁ、それは助かるなぁ」
……俺の予想合ってました。どこか嬉しそうに俺の提案を了承する凛花。まさか本当に遊びに誘われたいとは思っていなかった。後一応あなたも暇人だからね?
夏休み一緒に遊ぶことが決まり、再び自分の世界へと戻った俺と凛花。本を読むふりをしてちらりと隣を見ると笑顔でペンを走らせる凛花が視界に入る。凛花の機嫌が良くなった気がするのは俺だけじゃないはず。まぁ俺以外に目撃者いないんですけど。
いやぁ良かった良かった。これですっきりとした状態で夏休みを迎えることが出来る。まぁ、あえて言うなら遊びくらい普通に誘ってくんないかな??そのせいで無駄に疲れたわ。はぁ……今すぐ甘いもの食べたい。
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