第36話 白雪姫は決意する

「白雪さん、今ちょっといい?分からないところがあってさ」


「はい、大丈夫ですよ」


 勉強会が始まりしばらくした頃、隣で数学の問題集を解いている拓人から声がかかる。本当ならば白雪姫の仮面を被っていない状態で勉強を教えたいところだが、今は仕方がない。


「この問題なんだけど──」


 私は拓人の方へと体を寄せ、開かれていた数学の問題集へと目を落とす。


「んーと……ああ、これはですね──」 


 私は拓人が頭を悩ませている応用問題を出来るだけ分かりやすく解説していく。


 応用問題は基礎的な内容を組み合わせて解く必要がある分やはり難しい。文章のどこからどういう要素を使えばいいのか、文章からどの公式を使えば答えにたどり着けるかを考えなければいけない。それが出来ないと一番最初でつまずくなんてこともあるため、丁寧に説明しなくては。


 問題の解説も終盤に差し迫ったとき、突然拓人の体が横にずれる。まるで私のことを避けているみたいに、私から離れようとしているみたいに反対方向へと体が反らされたのだ。

 

 え……もしかして私嫌われてるのかな……?


 そこまで露骨ではないが、距離を取られたことにショックを覚える。なぜ拓人から距離を取られてしまったのか思い当たる節が一つだけある。


 やっぱりこの前のこと怒ってるのかな……?私が謝ってないから拓人怒っちゃったのかなぁ?


 拓人からしたら意味が分からないであろう行動を取ってしまった私。そのことについて何も言っていないし、謝罪もしていないため私はこうして距離を取られているのだろう。


 拓人との間に出来た隙間に私の気持ちは下向きになったが、なるべく声にその気持ちを乗せないようにしながら問題の解説を終わらせる。


「──と言う感じで解いていけば出来ると思います」


「なるほど……ありがとう白雪さん」


「いえ、分からないことがあったら遠慮せず聞いてくださいね」


「助かるよ」


 そうして解説をし終えた私は元居た位置へと戻り、開いていたノートへと視線を落とす。しかし、私の意識は目の前の教科書やノートへと向かうことはなかった。


 私、拓人に嫌われちゃったのかなぁ……。


 私は勉強そっちのけで拓人に距離を取られたこと、そしてその原因である私の行動について頭を悩ませていた。


 親しき中にも礼儀ありという言葉がある通り、いくら拓人が優しいと言えど、いつもいつも私の行動を許してくれるわけではない。


 もしこのまま拓人とずっと仲が悪い状態が続いたらどうしよう……。


 このまま拓人との関係が悪化し、縁が切れてしまうという最悪の未来が頭をよぎる。そんな未来だけは絶対に避けなければいけない。拓人ともっと仲良くなりたいと思っていたのに、その真逆の未来を迎えることを許容できるはずがない。

 

 謝る……今日絶対拓人に謝るんだ!!


 



「はぁ~疲れたぁ……」


 ペンを放り投げ、伸びをする若菜さん。勉強会が始まってから、かれこれ2時間は経っている。私もそろそろ体力的にも集中力的にも限界が近い。


「お疲れ若菜。よく頑張りました」


「えへへ~、ありがとまー君!」


 木村君から頭をポンポンと撫でられ、頬を緩める若菜さん。少し前までは拓人と付き合っているのではないかと思っていたが、この状況を見ればそれが完全に私の勘違いだと気付かされる。


「シンプルにいちゃつき始めるのやめてくれよ。こっちは疲れてるんだから」


「疲れているからこうしていちゃついてるのです!ねぇ、まー君?」


「そういうことだ拓人」


「はいはい、バカップルさんは今日も仲が良いですね」


 目の前で繰り広げられるやり取りに私はついていくことが出来ず、ただニコニコと微笑んで3人のやり取りを眺めていた。


 いいなぁ……仲良く話してて……って私はその前に拓人に謝らないと。


 3人の間に出来た空気感に憧れを抱く。いつかああいう風に誰かと話せたらなぁと妄想しかけるも、まずは拓人に謝る方が大事だと思考が現実に引き戻される。


「よし!今日はここらへんでおしまい!皆よく頑張りました、拍手!」


 軽くおしゃべりをした後、若菜さんが今日の勉強会の終了宣言をする。勉強道具を片付け、お会計を済ませてから私たちはお店の外へ出て、他のお客さんの迷惑にならなさそうな場所へと移動する。


「今日はありがとね凛花ちゃん!」


「こちらこそ誘ってくれてありがとうございました」


「白雪さんお疲れ様、そしてありがとうね」


「木村君もお疲れ様です。こちらこそありがとうございました」


「白雪さんお疲れ様。勉強教えてくれてありがと」


「佐藤君もお疲れさまでした。分からないところがあったらまた聞いてください」


「あ、拓人。凛花ちゃんのこと途中まで送ってあげなよ。外も大分暗くなってきたし」


「別に私のことはだいじょ──」


「気にしないでいいから凛花ちゃん!拓人のことこき使ってあげて!」


「おいそこ。勝手に決めた挙句、俺を雑用扱いするのやめろ」


 19時をまわっているため、夏といえど外は大分暗くなっていた。とは言え街灯もあるし、人通りの少ない場所は歩くつもりは毛頭ない。だから一人でも問題はないのだが……


「送ってあげなよ拓人!」


「……いや元々送るつもりだったけどさ」


 嫌われていると思っていたため、拓人が私のことを送ろうとしていたことに目を見開く。


「うむ、よろしい。しっかりと凛花ちゃんを送り届けるのじゃぞ」


「いや誰だよ」


「と、いう事でこれにて解散!またね凛花ちゃん!気を付けて帰ってね!」


「また学校で。若菜さんも気を付けて下さい」


「またな、拓人」


「おう、じゃあな正樹」


 手を振り、二人のことを見送る。


「じゃ、俺たちも行くか」


「うん」


 謝るなら今しかない。

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