第37話 帰り道にて

 太陽に代わり、街灯が照らす道を俺はいつもより遅い足取りで歩く。風のおかげで多少涼しいものの、日中の暑さが残業をしているせいで快適とは言えない。例えるならエアコンを付けようか、付けずに我慢しようか悩むほどの暑さだ。


 そんな鬱陶しさを感じる暑さの中、俺はとても息苦しさを感じていた。ただ、その息苦しさの原因はこの纏わりつくような暑さのせいではない。俺はちらりと数歩後ろを歩く少女の姿を視界の端に捉える。


 どうしよう……クッソ気まずい……。


 元々暗い中を女の子一人で歩かせるのはいかがなものかと思っていたのだが、若菜の提案でその考えを実行に移すことになった。別に嫌だとかめんどくさいとかそういう感情は一切ない。


 ただ信じられないほどに気まずい。サプライズでプレゼントしたものが、その人の嫌いなものだった時並みに気まずい。


 歩き出してから聞こえてくるのは二人分の足音と、時折聞こえるやかましい虫の歌声のみ。会話のかの字も雑談のざの字もなく、お互いただ無言で足を動かしていた。


 まぁ嫌な人と二人きりになると無言になるのが普通だよなぁ……。


 先ほどから一言も喋らず、俺と一定以上の距離感をキープしている凛花。事故だったと言えど彼女に不快な思いをさせてしまったにも関わらず、こうして俺に大人しく送られてくれている。


 スニーカーと地面が擦れる音とローファーが地面を蹴った時になる少し高い音がやけに鮮明に聞こえてくる。


 き、気まずい……。


 先ほどから、なんなら勉強会の時からも思っていたが今のこの空気は気まずすぎる。今すぐにでもクラウチングスタートを切って100m走を開始したいくらいに居心地が悪い。


 いやね?確かに原因は俺だよ?でもなんかこう……謝るのはなんか恥ずかしいじゃん?もしそれで「え、全然違うけど?」とか言われたら俺恥ずかしくて死んじゃう。まぁ十中八九あの時のことが原因なんだろうけど。


 人間は後回しにしたものを実行するとき、通常の数倍のエネルギーを使うらしい。後でやろう後でやろうと放置しているといくら簡単なことでも精神的なエネルギーは尋常じゃないほどに消費される。プリント1枚を深夜にやるときのあの面倒臭さが正にそれである。まぁそれでも課題は後回しにしちゃうんだけどね。


 そして残念なことにこの後回しは謝罪の言葉にも影響を及ぼす。一度や二度、それ以上の数経験したことがあるのではないだろうか?友達や親と喧嘩した数日後謝ろうと頭では思っていても中々謝れないことが。そして今更面と向かって謝るのは気恥ずかしいと感じることが。


 これはすべて後回しにしたせいである。喧嘩した後、数時間後ならば余裕で頭を下げられるのに、数日後は中々頭を下げることが出来ない。そして今俺は後者の謝れない状況に陥っているのである。


 今後も一緒に委員会の仕事をするんだったらさすがにこの気まずい空気は改善しないとだよなぁ……。しかも近いうちに謝らないと夏休みが来て取り返しのつかないことになっちゃうし。でもなぁ……。


 謝った方が良いと頭ではわかっていても、行動に移すには至らない。今から謝るのはちょっと……。という意見と、でもいずれ謝らなければいけないなら今謝った方が良いのでは?という意見の対立による頭の中で議論が発生する。


「た、拓人!」


 悩みながら歩いていたせいか、意識して遅くしていた歩く速度がいつの間にか速くなっていたらしい。俺は凛花の慌てたような呼び声にはっとし、後ろを振り返る。


「ご、ごめん凛花。ちょっと考え事してた」


 こちらを見つめる赤い瞳、こうして目を合わせるのが久しぶりに感じられる。凛花の表情がどこか暗いのはおそらく気のせいではないだろう。


 謝るなら今このタイミングが一番いい。今ここで頭を下げれば、この気まずさを解消することが出来る。分かっているはずなのに、余計意識すればするほど息が詰まる。先ほどするりと出た謝罪の言葉。あれと同じように謝れればどれだけ良かっただろう。


 ……でも、俺が悪いんだから謝るべきだろ。何をこんなひよってるんだ俺は。この気まずい空気を作ったのは俺だ。ならこっちから謝らなくてどうする。凛花との関係値を元に戻したいと思うなら今ここで謝らないとダメだろ。


 俺は謝ることが気恥ずかしいと思っていた自分を叱責し、静かに大きく息を吸う。そして──


「「ごめん(なさい)!!」」



「「……え?」」

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