第35話 白雪姫は無自覚?
「初めまして白雪さん。いつもうちの若菜と拓人がお世話になっております」
「初めまして木村君。そちらの若菜さんといつも仲良くさせて貰っています」
「凛花ちゃん……!」
「俺はいつから正樹の家の子になったんだ……」
面談の時のような会話をする凛花と正樹。そして凛花の発言に既に矢が突き刺さっているハートにもう一本の矢が突き刺さった若菜。そしてうちの子扱いをした正樹にツッコむ俺。
ありそうでなかった組み合わせの4人による、絶妙にカオスな空間が、ファミレスの一席で作り出されていた。なんと今日はこの4人で来たるテストに備えて勉強会をすることになったのだ。
「一つ質問いい?」
「んー?どうしたの拓人?」
「なんでこの席順なの?」
この勉強会をセッティングした若菜に純粋な疑問を投げかける。今のこのテーブルの席順は俺の正面に正樹、斜め前に若菜、そして隣に凛花という形になっている。普通であれば、俺の隣は正樹のはず。何故俺が凛花の隣なのか疑問に思ったのだ。
「何?凛花ちゃんの隣が嫌だって言うの?普通に私怒るよ?」
過激派ファンに睨まれる俺。いやそこまでするならなおさら若菜と凛花が隣で良くない!?
「嫌ってわけじゃない。純粋に疑問に思っただけ。だからそんな睨まないでくんない?」
嫌と言うわけではない。というか図書委員会の仕事で普段から隣に座っているので慣れているくらいだ。だが、今現在俺と凛花の間では気まずい空気が流れているのだ(個人的見解)。
先日の委員会の日、俺は凛花から視線を感じたため、何か話したいことがあるんだろうなと思って声をかけた。予想通り何かを話しそうな雰囲気を出していた凛花だったが、特に何かを話すことはなかった。それならまぁ俺の勘違いでしたで済んだのだが、帰り際にも何かを言おうとしている様子が見られた。
結局そのまま何も言われることなく解散したのだが、まず間違いなく凛花は俺に何か言いたいことがある。だが、それを言えずにいる。
俺は凛花に対して何も悪いことはしていないはず。しかし、もしかしたら何かしたかもしれないという不安に駆られ、記憶の海に潜ること数分、これかもしれないという原因物質が発見された。
そう、凛花の体を支えたことである。あの時のことを振り返ると、体を支えるときにちょっと力が入ってしまったり、距離が近くなったりと実は凛花が嫌がりそうなことをしていたのである。
そして俺が体を支えた後、逃げるようにして図書室を飛び出した凛花。
俺嫌われてますやん!!!嫌われてないにしても絶対きもいとかそういう類の感情抱かれてますやんこれ!!!
言いたいことの内容は、もしかしてこれ以上は近づかないで的な感じなのではないか。だから言いづらそうにしていたのではないか。そう考えれば、凛花の行動にも納得できる。
そういうわけで、今まで普通だったこの距離感がすごく気まずい。出来ることなら今すぐ距離を置きたい。その方がこっちの精神衛生的にも凛花的にも良いからだ。
「ちなみにこの席順なのにはちゃんとした理由があります!」
「ほう、その理由とは?」
「凛花ちゃんを勉強会に誘ったとき、拓人がいても大丈夫か聞いたところ勉強を教える予定があったと聞きました。元々一緒に勉強する予定があったのなら隣の方が良いよねと言う理由でこの席順になりました!ついでに言うと私は元々まー君に勉強を教えてもらう予定だったのでなんと一石二鳥の席順であります!!」
一石二鳥ってその使い方で合ってる?というか俺凛花に勉強教えてもらう予定なんかあったっけ……。あぁ……なんか昔そんなことを言われた気がする。
中間試験の終了後、凛花に自分の順位を話したときに勉強を教えてあげる的なことを言われた記憶がある。覚えてくれていたのはすごく嬉しいし勉強を教えてもらえるのはありがたい。が、タイミングが最悪である。まぁ気まずい原因を作ったのは俺なんだけども。
ちなみに余談ではあるが、このとき若菜は「ついでに凛花ちゃんと拓人の仲が進展すればいいなぁ」と思っている。彼女にとってこの席順は一石二鳥ではなく三鳥なのである。
「まぁそういうわけでテスト勉強頑張ってこー!」
こうして勉強会が始まる。最初の方は少し雑談交じりに手を動かしていたが、時間が経つにつれて、全員が黙々と手を動かし始める。時々行われる会話も、テストに関する話や現在取り組んでいる問題についての質問であったりと非常に真面目な雰囲気で勉強会は進行していく。
勉強を開始してしばらく経つ。俺は前回赤点ギリギリだった数学の点数を上げるべく、問題集に載っている問題をひたすらに解いていた。基礎的な問題は時間はかかるものの解けるようになってきたのだが、応用問題に入った途端にペンを持つ手が止まってしまった。
「白雪さん、今ちょっといい?分からないところがあってさ」
「はい、大丈夫ですよ」
少しの間悩んだが全く持って解ける気がしなかったため、俺は隣に座っている凛花へと声をかける。邪魔にならないかと思ったが、彼女は二つ返事で俺のお願いを聞き入れてくれた。
「この問題なんだけど──!?」
分からない問題が書かれているページの両端を持ち、凛花の方へ寄せようとしたその時、自分の視界にすっと夜空のような黒い髪がカットインしてくる。
「んーと……ああ、これはですね──」
え、ちょなんか距離近くない!?普通に覗き込んでくるとは思わなかったんですけど!?
特に気にした様子もなく、問題の説明をし始めた凛花に動揺してしまう。驚きで声が出そうになったのを抑えた自分を褒めたいところだ。
……いやいやいやいや。え?無自覚なの?特に気にしてないってことは無自覚なの!?
自分のことを気持ち悪いと思っているかもしれない凛花との距離が限りなく0《ゼロ》になる。そのせいで、先ほどまで形成されていた真面目な雰囲気が霧散し、どこかへいなくなったはずの気まずさが全速力で俺のいる場所へと帰ってくる。お帰り気まずさ君、帰って来なくていいから。
し、集中だ集中!せっかく凛花が説明してくれてるんだからちゃんと真面目にやらないとダメだろ!
再び俺は数学の問題へと意識を集中させ──
いや、集中できるか!!
ることが出来なかった。
人間の集中力とは意外と脆いのである。例えば、勉強している最中、視界にスマホやゲーム、漫画が映ってしまうと途端にスマホを触りたくなったり、ゲームがしたくなったり、漫画が読みたくなってしまう。誰しもが一度は経験したことがあるのではないだろうか?
今の俺はまさにそれである。気まずさがいきなり肩を組んできたせいで、数学どころの話ではなくなってしまった。
どうしよう、今すぐにでも距離を取りたい。でもこうして教えてくれているのにいきなり距離を取るのはあまりにも失礼すぎる。教えを乞うている分際でそんなことをしていいわけがない。
どうするべきかと頭の回転速度を速めた俺は、ほんの少しだけ体を反らして距離を取るという何とも無難で普通の作戦を思いつく。俺は出来るだけばれないようにすいーっと体を凛花とは逆方向へとスライドさせる。
「──と言う感じで解いていけば出来ると思います」
「なるほど……ありがとう白雪さん」
「いえ、分からないことがあったら遠慮せず聞いてくださいね」
「助かるよ」
丁寧に説明してくれた凛花へお礼を言った俺は、凛花の視線が外れた隙を見て申し訳なさと共にそのページをそっと閉じた。
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