第34話 白雪姫は謝りたい

「な、何でもない!!」


 ……ああああ!私のバカーー!!!!!


 拓人が予想外の返答に困惑している一方で、凛花は心の中で地面をのたうち回っていた。


 なんで私何でもないって言っちゃったの!バカバカバカ!せっかく謝れるチャンスだったのにぃ!


 前回仕事を放り出して、逃げるように図書室から飛び出てしまったことを謝罪しようとしていた凛花。謝るには丁度いいタイミングだったのにそのチャンスを棒に振ってしまう。せっかく喉まで来ていた謝罪の言葉、後はそれを口に出すだけだったのに、その言葉が出かけた瞬間何故かすさまじい勢いで戻っていってしまったのだ。


 し、仕方ないじゃん!だってもし拓人に恥ずかしいから逃げたなんて言ったら、なんか私がすごい拓人のことを意識してるみたいになっちゃうじゃん!!


 どこからともなく聞こえてきた「なんで言わなかったの?」という声に、凛花はつらつらと言い訳をし始める。


 そ、それにもし変な誤解でもされたら嫌だし、謝れなかったのはしょうがないことなの!


 誰に対して説明しているわけではないが、自分の行動が正しかったのだと屁理屈を頭の中で唱え始める凛花。その姿は小さな子供が言い訳している姿にひどく似ていた。


 ……でも謝らないといけないんだよね。……じゃあなんで私さっき謝らなかったの!私のバカ!


 結局謝らないといけない、その事実が先ほどの行動が愚かなものであったとうるさいほどに知らせてくる。今すぐにでも耳を塞ぎたくなったが、拓人がいる前でそんなことが出来るはずないし、そもそも耳を塞いでも内側から聞こえてくる声のため全く意味がないのだが。


 ううう……ただ謝るだけでよかったのに……ごめんなさいの6文字を言うだけで良かったのにぃ…!どうして言えなかったのよぉ!


 たったの6文字を言うことができればあっさりと解決するし、ここまで後悔の念を抱きながら1人反省会をする必要はなかっただろう。それが分かっているからこそ、数舜前の自分に対してのお説教が長々と続いてしまう。


 今私から切り出すのは……無理か……うぅ…さっき謝れば良かったのにぃ。


 完全に謝るタイミングを失ってしまった凛花は暗い気持ちで手を動かす。何故簡単なことが言えなかったのか、変に意識せずただごめんなさいと言えばよかったのにと一人押し問答を始める。


 ……そうだ!帰りの時に謝ればいいんだ!


 帰り際にさらっと謝ればいい、別れの挨拶をする前に謝ればいいんだと一筋の光を見つけ出す。


 別れ際に謝っている自分の姿と、そして私の謝罪を受け入れてくれている拓人の姿をイメージする。うん……これならいける!




「それじゃあね白雪さん。気を付けて帰ってね」


 そしてその時が訪れる。靴を履き替え、校舎の外に出たこのタイミング。他の生徒の目があるため、図書室にいる時のように話すことはできないが、今はさほど問題はない。さようならを言う前に自然に謝ればいい。「この前はごめんね」と言えばいいだけの話だ。


「佐藤君、その……」


「ん?どうしかした?白雪さん」


 言え!謝るんだ私!!


 大きく息を吸い、言葉にする準備は万全。さぁ今こそ先程の失態を巻き返す時!





「……何でもないです。さようなら、佐藤君も気を付けて」


 だからなんで言えないの私!!!


 貼り付けた白雪姫スマイルの裏で、凛花は再び地面の上をゴロゴロと転がることになる。謝ろうと強い意思を持っていたはずなのに、今ここで謝るのだと決意していたはずなのに、その意思と決意は細い枝切れのようにいとも容易くぽきりと折れてしまう。


 うう……バカ!私のバカ!!


 本日n回目の自分への悪口が出てしまう。イメージの中では完璧に言えていたのに、何故か実際に行動に移そうとすると、喉付近で言葉が急停止してしまう。まるで病気を目の前にして地蔵のように動かなくなった犬のようである。


 つ、次は絶対に謝る……絶対に!!


 その機会がいつ訪れるかは分からないがそう心に強く誓った凛花は、どういう風に謝るかを何度も脳内でシミュレーションしながら、帰り道を少し早い足取りで歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る