第31話 白雪姫は夢を見る 6
やっと見つけた、私のことをちゃんと見てくれる人を。白雪姫としての私じゃなくて、白雪凛花を見てくれる人を。その事実に私の心臓は跳ね上がる。
この人ならば私のことを受け入れてくれる。白雪姫の仮面を被らなくても、この人なら私から離れないでいてくれる。確証はない、それでもそう確信できた。
この人と仲良くなりたい。
でもどうしたら仲良くなれるのかわかんない!!!!
ここで大きな問題が発生する。人と仲良くなる方法が全く分からないのだ。今まで白雪姫として生きてきた中で、波風を立てない方法や、どうすれば周りの人が楽しく過ごせる場所を作れるかなどは身に着いたのだが、ある特定の人物と仲良くなる方法に関して言えば、全くと言っていいほど身につかなかった。
必要がない知識と言うのは人間忘れるもので、私が幼稚園児の時は分かっていたはずなのに、ここ数年で人と仲良くなる方法がすっぽり頭から抜けてしまったのである。
ど、どう話しかけたらいいの?「佐藤君の趣味は何ですか?」とかかな……いやこれじゃ面接みたいな感じになるし、結局白雪姫の私として会話することになる。私は白雪姫じゃなくて普通の女の子として佐藤君とお話したいのに……!
白雪姫としての私が奥に追いやっていた白雪凛花としての私。そんな私を、いきなり引っ張り出して、表舞台に立たせても役に立たないのは当然のことである。
手を伸ばせば届きそうなのに、あと一歩踏み出せば掴めるのに。私の腕は、足は、体はその場を動かない。動かなければ何も変わらないというのに、私は彼のことをただ目で追う事しか出来ずにいた。
話しかけなきゃ……私から動かなきゃ……。
頭では分かっていても体が言うことを聞かない。佐藤君が私のことを受け入れてくれる可能性はとても高い。それでも僅かに残った最悪の未来に白雪凛花は怯えて一歩を踏み出すことが出来ない。
今ここで行かなきゃ……こんなチャンスが訪れることなんてないかもしれないんだから!
頑張れ、自分ならいけると心の中で何度も鼓舞する。
頑張れ凛花。凛花なら出来る。凛花なら大丈夫。凛花なら──
「あの……白雪さん?」
「っ!?は、はいっ!」
自分を鼓舞している最中にいきなり声をかけられた私はびくりと大きく体を揺らす。
「あ、急に声掛けてごめん」
「い、いえ大丈夫です。それでどうしたんですか?」
「その……何か俺に用事があるのかなって」
え……佐藤君ってエスパーなの…?
私が佐藤君に話しかけようとしていたことを見透かされ、驚きを隠せない。ちなみに余談だが、拓人はエスパーでも何でもなく、ただ凛花からの視線に耐え切れなかっただけである。
「えっと……うん、ちょっと聞いてほしいことがあるの」
「え?ああ、うん。俺で良ければ」
早鐘を打っている心臓の音が全身に響き渡る。恐怖と緊張で足が震える。怖い、でも逃げたくない。ここで逃げてしまえば私はこの先ずっと白雪姫のまま生きていくことになる。それは嫌だ、絶対に嫌。
言うんだ凛花。今がその時なんだ。
私は大きく息を吸い、そして──
「私が白雪姫って皆から呼ばれてるのは知ってる?」
「……クラスの人がそう呼んでるね」
「実は私ね?白雪姫って呼ばれるのが嫌い…ううん、大嫌いなの」
「……」
「皆から期待されるのが嫌だし、皆から褒められるのも嫌だし、皆から白雪姫として見られるのも嫌なの」
佐藤君は黙って私の話に耳を傾け続けた。
「本当はやりたくないことも白雪姫だからやらないといけないし、本当は笑いたくもないのに、白雪姫だから笑わないといけない。だから私は白雪姫が嫌いだし、そう呼ばれたくない。私は──」
「ちょ、ちょっといい?……ここまで聞いておいてなんだけど、それ俺に話していいやつなの?もっと適任がいると思うんだけど。それに俺が誰かに言うとか思わないの?」
佐藤君はとても気まずそうな表情で疑問を口にする。それはそうだ、ただの顔見知りの関係の人の聞いてほしいことがまさかこんなに重い内容だなんて予想できるはずがない。
「うん、大丈夫だよ。それに──」
「それに?」
「もし他の人にばらされたら白雪姫の力でなんとかするから。だから言わない方が良いと思うよ?」
「え、怖っ」
急に脅されればそんな反応にもなるのも当然だ。私も申し訳ない気持ちや、脅しのような酷いことをするのはどうかと思ったが、今はなりふり構っていられる状況ではなかった。
「……まぁ白雪さんが本当はこうなんだとか言いふらすつもりはないけどさ」
「うん、ありがと。それと私のことは凛花って呼んで?」
「えっと……凛花さん?」
「さんいらない」
「……凛花」
「うん、それでお願い」
「分かった。俺のことも名前で呼び捨てでいいぞ」
「うん、拓人!」
「それで凛花、続きは?」
「……うん!私ね──」
一歩踏み出してしまえば後はもう何も怖くなくなった。拓人は私のことを受け入れてくれた。私の話を、愚痴を聞いてくれた。白雪姫じゃない、普通の女の子の白雪凛花を認めてくれた。
私の心に溜まった泥は、拓人と話すにつれて浄化していった。拓人との時間を過ごすにつれて、白雪凛花としての私が、力を取り戻していった。
今まで抑圧されていた感情が解放された反動で、私は拓人の前では感情的になってしまう。それでいて構ってほしさと素直になれないめんどくささが同じくらいの力で共存し始める。
私でもよくめんどくさい性格をしているなとか、もっと素直になれたらなと思うほどである。それでも拓人は受け止めてくれた。
拓人に「白雪姫としての私の方が良いよね」と自虐的に聞いたことがある。
「んー……個人的にはこっちの凛花の方が話しやすくていいけどな」
そう返された時から、この人はどんな私でも認めてくれるんだと確証を得たことで私は拓人に遠慮しなくなっていった。
構ってほしい、私の話を聞いてほしい。褒められたい、すごいと言われたい、甘えたい。そんな願望6割と恥ずかしい、拓人はどう思うんだろうと不安がる気持ちが4割。このバランスで混ざり合うことで、今の私が生まれた。
そんな私に今、ある感情が芽生え始めた。
拓人ともっと仲良くなりたい。今以上にもっと仲良くなりたい。拓人のことを知りたい。
拓人と過ごしていく中でもっと拓人と仲良くなりたい、拓人のことをもっと知りたいという欲求が生まれた。今までは私のことばかりだったけどこれからはもっと拓人のことを知っていきたい。そう思う様になった。
──か──りん──花
私は拓人のことを知らない。拓人は私のことをどう思っているのだろう?
──凛──花──
私は拓人のことをどう思っているのだろう?
凛花──凛花──
私は────
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