第30話 白雪姫は夢を見る 5

「白雪さんもう大丈夫なの?」


「あんまり無理しないでね?」


「心配してくれてありがとうございます」


 私は心配してくれているクラスメイトにいつものように微笑みを浮かべる。


 体調を崩してから、私は3日ほど学校を休んだ。体調自体は2日で回復していたのだが、親に無理をしない方が良いと言われたので1日多く学校を休んだ。体調を崩したのが久しぶりだったため、心配だったのだろう。


 ベッドの中で1人涙を流したおかげか、体調を崩す前よりも私の体調は多少ましになっていた。だからと言って何かが変わるわけではないのだが。


 私はこれからもずっと自分を押し殺して生きていかなければいけない。皆が幸せでいられるように白雪姫であり続けなければいけない。


 変わり映えのない毎日はあっという間に過ぎていき、受験勉強が本格化する時期になった。この期間は周りの人も自分の勉強で手一杯になったおかげでいつもよりも気が楽だった。


 私は六花高校を受験することを決めた。理由はシンプルなもので、この辺りで一番偏差値が高いから。普段から勉強を頑張っていたため、私は余裕を持って合格することが出来た。


 高校に入ったら、白雪姫としての生活が終わったりしないかな……そんなことあるはずないよね。


 これから始まる高校生活に希望を抱くも、その考えは即座に消え失せた。中学校に入学した時もそうだったのだから高校に入ってもどうせ変わらない。悪化することがなければ御の字だろう。



 案の定私は、高校でも白雪姫としての生活を強いられた。ただ、勉強や部活などが忙しいせいか、一人になる時間が少しだけ増え、中学の時よりも遥かにましな生活を送ることができた。


 ある日、クラスで係と委員会を決める話し合いが行われた。特にやりたいものはなかったが、ある文字が私の目に止まった。


 図書委員会……クラスで選ばれるのは一人だけみたいだし、これならもし仮に他クラスの誰かに話しかけられても、図書室だから静かにしないといけないという言い訳を使って一人の静かな時間を過ごせるかも。


 そう思った私は図書委員会に手を挙げた。クラスの人は私と同じ係や委員会になりたがっていたが、本が好きだからと言って上手く誤魔化しておいた。


 こうして私の予想とは裏腹に、私の生活はほんの少しだけ穏やかなものへと姿を変えていった。



「それでは全員揃ってるみたいなので、図書委員会の活動を始めたいと思います」


 初めての委員会活動の日。その日は軽い自己紹介をした後、仕事の説明を聞くというオリエンテーションの日だった。話を聞いている限り、図書委員会の仕事はとても楽そうだった。暇な時間は本を読んだり、課題をやっていたりしてもいいのはかなり嬉しい。これで一人の世界に入ることができる。


「それじゃあ当番のペア決めちゃおうかな。はいじゃあこの中から好きなの引いていってね」


 図書委員会の仕事は二人一組で行うらしく、そのペアの人はくじ引きで決めるのが昔からの伝統らしい。


「はい、ええと……白雪さんは佐藤君とペアだね」


 佐藤君と呼ばれた少年の方をちらりと見る。どこにでもいる普通の男の子、そんな印象を持った。


「白雪さんとが良かったなぁ……」


「どうにか代わってくれないかなぁ」


 同学年の子達が小さな声で愚痴を言い始める。それが聞こえているのか佐藤君はほんの少し顔を引きつらせながら、苦笑いを浮かべる。これで彼が私のことを嫌いになってしまうのは勘弁してほしい。これから一緒に仕事をする人とは出来るだけ平穏な関係を築きたいのに。


「よろしくね、佐藤君」


「よろしく、白雪さん」


 先輩に仕事を教えてもらい、とうとう二人で仕事をする日がやってきた。平穏な時間を過ごせるか少しの不安が残っていたが、その不安は早々に消えることになる。


 彼は少し世間話をした後はすぐに本を読み始めるのだ。私のことなど眼中にないかの如く、ただ静かにページをめくる。どこかタイミングを見計らってこちらに話しかけようとか、あわよくば仲良くなろうという気配が全く感じられなかったのである。かと言ってこちらから話しかけるとしっかりと対応してくれるし、嫌われているというわけではない。


 あぁ……この人は私に興味がないんだ。


 普通ならば悲しむべきことなのかもしれない。普通ならば興味を持ってほしいと思うべきなのかもしれない。それでも私は興味を持たれていないことに嬉しさを感じた。これなら一人で静かな時間を過ごすことが出来るし変に気を張らずに済むからだ。



 これで平穏な時間がやってくると思っていた矢先、厄介な出来事が発生する。クラスの人たちが図書室へと押し寄せてきたのだ。おそらく他クラスの図書委員会の誰かから私が当番の日を聞いたのだろう。


 そのせいで本来静かなはずの図書室が休み時間の教室の様にうるさくなってしまい、最終的に近くの廊下を通った先生が、遊びに来た生徒たちに私目当てで図書室へ来るなと雷を落とした。




「委員会の人が注意しなくてどうするんですか!それがあなたたちの仕事でしょ!!」


 クラスの子達がいなくなった後、私と佐藤君……主に佐藤君が先生に怒られていた。先生の意見はもっともなのだが、原因を作ったのは私なのに佐藤君の方が怒られているのはすごく申し訳ない。白雪姫としての一面が逆効果になってしまい、私は本当に心苦しくなった。


「その……佐藤君!本当にごめんなさい!私が悪いはずなのに佐藤君ばっかり……」


 先生がいなくなった後、私はすぐに佐藤君へ頭を下げた。


「いいよ別に。注意できたのにしなかったのは本当のことだし」


「でも、私が原因なのに……」


 罪悪感で胸が一杯になった。むしろ怒ってくれと言いたくなるほどに、私の心は罪の意識で満たされた。


「いやいや、白雪さんは悪くないよ。常識なく押しかけたあの人たちと注意しなかった俺が悪いんだから、そんな気にしないで」


 胸にちくりとした痛みが差す。怒ってほしい。私が悪いのだと言ってほしい。私のせいだと言って欲しい。そんなに優しくしないでほしい。


「白雪さんは大変だね、色々と」


 困ったようにくしゃりと笑う佐藤君を見て、私は目を大きく見開く。


 佐藤君から違和感を感じる。この人は他の人と何かが違う。ただの勘違いかもしれないけど、今までの人と比べて私を見る目が違う気がする。


 あ……この人は私を……。


 違和感の正体に気づく。彼は……佐藤君はクラスの人や廊下ですれ違う同学年の子達と違う。






 この人は私を──白雪凛花を見てくれているんだ。

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