第28話 白雪姫は夢を見る 3

 白雪姫と呼ばれることに嫌気が差し始めた頃、私は小学校を卒業し、新たなステージへと足を踏み出す。中学校は小学校より全校生徒の数が多い。そのため、私以上に注目を集める生徒が現れるかもしれない。もしかしたら中学校では白雪姫と呼ばれることはないかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、真新しい制服に袖を通した。


 しかし、結果は何も変わらなかった。


「白雪さんすごい可愛いね!」


「あ、凛花ちゃんね?小学校では白雪姫って呼ばれてたんだよ?」


「そうなの!?でも確かに分かる気がする!」


 県外の中学校に進学した訳ではないので、もちろん同じ小学校出身の人も大勢いる。その人たちから私の噂はどんどん広まり、私は早くも白雪姫として認知されるようになった。


 別に小学校から私のことを知っている人達を恨んだり、憎く思ったりはしていない。おそらく彼ら彼女らがいなくともいずれ私は白雪姫と呼ばれていただろうから。


 私の淡い期待はすぐに崩れ去る。それだけならばまだ良かった。小学校の時と同じで周りから期待され、その期待に応え、賞賛される。そんな優等生としての生活だけならばまだ耐えることができた。


「白雪姫さぁ、絶対調子乗ってるよな?」


「な?あんなチヤホヤされてなんかちょっとうざいよな」


 生徒の数が増えたことにより、私のことをよく思わない人間が増えたのだ。小学校の時も数は少ないが、私のことをあまりよく思っていない人間はいた。本当に片手で数えるくらいの人数だった。


 それが中学校では自分の手のみでは数え切れないほどに数が増した。幸いにもいじめられるということは無かった。私は優等生で、いつも周りに人がいる。それに先生からの信頼も厚い。そんな私のことをいじめればどうなるかが分かっていたのだろう。


 出来ることなら自分のことが嫌いな人とは関わりたくない。私だって悪口を言われれば傷つく。そんな私を傷つける人達とは普通であれば話したくない。それでも私は彼らに優しく接しなければいけなかった。何故ならば私は白雪姫だから。いつも笑顔を浮かべ、誰にでも優しく接する白雪姫だから。


 私は嫌われていると分かっていてもその人達に優しくした。苦い思いを飲み込んで、他の人と同じように優しく接した。


「白雪姫優しいし可愛いとかすごいよな」


「よく自分のこと嫌いな奴にも優しくできるよな。俺なら無理だわ」


 優しくすればするほど白雪姫の噂が広まっていく。白雪姫としての私がどんどん力を増していく。私を敵対視する人に優しくすると私の評判が、白雪姫の名前が学校中に浸透していく。広まってほしくないのに、白雪姫として見られたくないのに。


 ……そうだ。私が嫌いな人に優しくして人気が増しちゃうなら、そもそも敵を作らなければ良いんだ。


 白雪姫の評判を抑えるために、私は敵を作らないよう必死になった。そうすれば白雪姫の良い噂が流れなくなると思ったから。


 私は自ら話をしなくなった。周りにいる人の話を聞き、穏やかな笑みを浮かべるだけの存在へと姿を変えた。周りの人から調子に乗っていると思われたくなかったから。


 私は人と深く関わらない様になった。今まで遊んでいた人とも遊ぶ回数を減らし、誰かと遊びに誘われてもその人と遊び過ぎていないかとバランスを考える様になった。人と深く関われば余計な争いが生まれると思ったから。


 白雪姫がこれ以上人気にならないように試行錯誤した結果、白雪姫の噂はさらに広まってしまった。


「白雪さんの周りっていつも楽しそうだよね!」


「ね!あそこだけなんというか世界が違うもん!」


「なんかさ?白雪姫と小人が楽しそうに話してるみたいじゃない?」


「小人って言うのやめなよ。でもまぁ気持ちは分かる」


「でしょ〜?」


 白雪姫と小人がすごく楽しそうに話しているみたいだと。私を取り巻く環境は御伽話のように別世界のものであると、誰かがそう形容し始めた。


 私の周りはいつも幸せな空気が流れている、白雪姫と小人達が楽しそうに話しているみたいな幸せな空気が。幸せなのは白雪姫の周りにいる小人達だけなのに。白雪姫は全然幸せじゃないのに。


 皆は知らない。あの幸せな空間は、白雪姫の犠牲で成り立っているということを。あの幸せな時間は、白雪姫が心身を削って作っているということを。



 見ないで……もう私を見ないで!私に関わらないで!私のことを白雪姫と呼ばないで!もうこれ以上私を苦しめないで!!


 最初はあんなに嬉しかったのに。皆から褒められることが、皆の期待に応えることが、理想の自分に近づけていることがあんなに嬉しかったのに。今は私を称賛する声が、私に向けられる期待の視線が全て鬱陶しく感じられた。


 お願い……誰か助けて……。


 中学2年生のある日、私の心はとうとう限界を迎えた。

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