第26話 白雪姫は夢を見る 1

 高校生活が始まってから数か月が経ち、もうすぐ夏休みがやってくる。最初の頃は慣れないことが多かったが、今となっては高校生活にも慣れ、中学校よりも楽しいと思えるほどになっていた。


「うわ涼しい~。最高だわここ」


 図書室の扉が開かれると同時に溶けたような声が聞こえる。


「もう夏だもんねー」


 襟元をパタつかせながらこちらへと歩いてくる拓人に私は顔を上げる。7月に入って夏が本格化し、気温が30度を超えるのが当たり前になって来た。これ以上気温が上がらないのを願うばかりである。


「ふぅ……廊下にも冷房追加してほしいわまじで」


 隣の椅子に座った拓人は、軽く愚痴をこぼしながらカバンの中を漁る。拓人の意見には同感だが、おそらく廊下に冷暖房が設置されるのは私たちが卒業した後くらいなのだろうなと予想がつく。


「それに再来週にはテストかぁ……まじで憂鬱だわぁ」


「でもそれを乗り越えれば夏休みだよ」


「やっと夏休みかぁ……短いようで長かったな」


「でも結構あっという間じゃなかった?」


「確かに。じゃあ短いようで短かったの方が正しいか」


「長いようで短かったでいいじゃんそこは」


「そうだな」


 内容があまりないくだらない会話。この会話もあと少ししたら、当分の間出来なくなってしまうと思うとほんの少し寂しさを感じる。


「あ、そうだ。この前は改めてありがとな。あれから若菜迷惑かけてない?」


「ううん、こっちこそありがとね拓人。それと若菜さんは今日も元気だったよ」


「それ答えになってなくない?」


 ショッピングモールでの一件から若菜さんは教室でよく声をかけてくるようになった。前々から思っていたことだが、若菜さんはいつも元気ですごいなと思う。ずっとあんなテンションで疲れないのかな……。


 それから少しの間雑談をした後はそれぞれ自分の世界へと入っていく。拓人はいつものごとく本を読み始め、私はテーブルに両肘をついてぼーっとする。


 確かにこの前のショッピングモールでの出来事はすごく楽しかったし、拓人に会えたことや、若菜さんと仲良くなれたのは嬉しかった。ただそんな前向きな感情を抱くと同時に私はあの時ネガティブな感情も抱いていた。


 それが顕著に表れたのは喫茶店の時である。拓人と若菜さんが楽しそうに昔の話をし始めたときのことだ。もちろん二人は幼馴染なのだから私の知らない過去の話をするのは当然のことだし、それに関しては特に何も思わなかった。


 ただ、その時に私は拓人のことを本当に何も知らないんだなと改めて感じた。拓人の好きなもの、好きなこと。そういうのはこの数か月の間に知ろうと思えば知ることが出来たのではないだろうか?と考えてしまう。


 数ヶ月で人のことを詳しく知るのは難しい。しかしたかが数か月、されど数か月という言葉があるようにこの数ヶ月というのは人間関係を前へ進めるのには重要な時間だ。


 拓人はこれまで話してきた人の中で、白雪姫じゃない自分を曝け出すことが出来る唯一の存在。今までできた友人の中でも1番と言っていいほど仲がいいと思う。


 それなのに私は彼のことをよく知らないし、知ろうとしていなかった。果たしてそれは友人としてどうなのだろうか?拓人は私の話をよく聞いてくれるのに、愚痴を聞いてくれるのに。私のお願いを聞いてくれるのに。私は彼の話をあまり聞いた覚えがない。


 思えば私と拓人のこの関係、始まりはすごく歪なものだ。今となっては拓人には酷いことをしたという自覚がある。


 それでも拓人は私を受け入れてくれた。白雪姫とではなく私と居る時間の方が楽しいと言ってくれた。それなのに私は自分のことばかり……。罪悪感と自分のことばかりで拓人のことを知ろうとしなかったことへの苛立ちが胸の中で渦巻く。


 ──私は……私は拓人ともっと仲良くなりたい。


 楽しそうに話す若菜さんと拓人を見て、少しだけ羨ましく感じた。私もあんな風に仲良くなれたらなと、拓人のことを知ろうともしていなかったのにそんな風に思ってしまった。


 もちろん敵わないとわかっている。何せあの二人は小学校からの付き合いで、私と拓人は出会って数ヶ月しか経っていないのだから。それでも数ヶ月あればもう少し拓人のことを理解できていたのではないだろうかという考えが脳をチラついて仕方がない。


 ……私、人と仲良くなりたいって思ったのいつぶりだろう。


 私は薄情な人間なのかもしれない。それでもようやく見つけた、ようやく手にしたこの関係をもっと前へ進めたい。白雪姫として生きていくうちにいつの間にか抜け落ちていた感情が、失われていた欲求に火が灯るの感じる。


 もっと拓人のことを知りたい。もっと……拓人と仲良くなりたい。もっと……も……っと……


 快適な空間の中で眠りやすい態勢をとっていたせいだろうか。空調のおかげで冷えているはずの体がぽかぽかと暖かくなり、先ほどまでしっかりしていた意識がだんだんと遠のいていった。

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