第15話 白雪姫は応援されたい

「拓人のクラスってもう体育祭の種目決めした?」


「した」


「何に出るの?」


「玉入れ」


 学校行事というのは避けては通れぬもの。いくら嫌なことでもやらなければならないのが学生の辛いところだぜ……。


「それだけ?」


「それだけ。俺がそんな運動大好きマンに見えるか?」


 見えるわけないだろ。というか運動大好きマンだったら初手玉入れは選ばないんだわ。選んだ種目が玉入れの時点でなんとなく察してくれてもいいと思うのよ凛花さん。


「むぅ……応援したかったのに」


「籠に向かって必死こいて投げてる俺のことを応援してくれ」


 ……自分で想像してみたけどやっぱ応援されたくないかも。


 地面に落ちている玉を拾って籠に向かって投げる自分、そしてそんな俺に向けられる声援……。恥ずかしいですね。もう顔を上げて歩けないほどに恥ずかしいですね。俺はこれから一生下を向いたまま過ごしていくんだ……。


「無理。いくら同じ軍だからって玉入れしてる拓人を応援したら不思議がられるでしょ?」


「確かに」


 まともな意見が返ってくる。どうやら俺は恥ずか死せずに済むらしい。よかった。


 この学校の体育祭は紅軍、青軍、黄軍3つの軍に分かれて行われる。各学年6クラスなのでそれぞれの軍に2クラスずつ分けられる形。それで俺と凛花のクラスは紅軍に振り分けられたのだ。僕達チームメイト。


 余談だがこの前教室に遊びに来た若菜が正樹と同じ軍だったことを喜んでいた。その際「拓人も玉入れ頑張れ」と言われました。俺が玉入れを選択したの言ってないはずなんですけどね。


「そういう凛花は何に出るんだ?」


「私はリレーに出るよ」


 体育祭の花形競技じゃないですか……。


 さらっと言ってのけた凛花のスペックの高さに驚きを感じる。体育祭におけるリレーは魔境である。公平を期すため、リレーには陸上競技部の人は参加できないというルールがあるのだが、それでも他の運動部に所属してるゴリゴリのスポーツマンが大勢いる。


 そんな中でリレーの選手に選ばれるというのはすごいことなのだ。白雪姫だからと言えば済む話なのかもしれないが、一応彼女は帰宅部である。帰宅部が運動部よりも優先される、この文面を見ればすごさが伝わるのではないだろうか。


「まじか……凛花って本当に運動神経いいんだな」


「何その言い方、拓人は私が実は運動できないと思ってたの?」


「いや、そういうわけじゃないけど。ただ運動部の人がたくさんいるのにその中から選ばれるなんてすごいなって思っただけ」


「ふ、ふぅん……ならいいけど」


 運動が出来ないと思われていたのかと不満げな表情を浮かべていた凛花にむしろ逆だと伝えると、まんざらでもない表情へと切り替わる。ちょろい。


「でも凛花は体育祭大変そうだな」


「どうして?私リレーにしか出ないよ?」


「借り物競争があるじゃん」


「ああ……」


 例のあれ。男どもが公衆の面前で告白し無事に爆散するという、無事の意味について辞書を引いてこいと言いたくなるこの高校の伝統文化である。


 凛花もそのことを知っていたのか遠い目をしている。自分が借り物になる未来を見越しているようだ。


「うぅ……めんどくさい!やだ!大勢の人の前で好きでもない人に告白されたくない!」


 机に突っ伏し、高確率で訪れる未来に不満をぶちまける。心中お察しします。


「しかもあれ、みんなの前で告白されたあと、もう一回呼び出されるんでしょ?それで断ったら伝統がどうのこうのだの言われるんでしょ?しかも変な噂が立つかもしれないんでしょ?めんどくさい!」


「その……どんまい」


 白雪姫として振舞っている凛花特有の悩みに俺はどんまいと慰めることしかできなかった。駄々をこねる子供と化した凛花を見て、これは幼児退行しても仕方がないと思えるほどに同情してしまう。


「まぁしょうがないことだし、こういう文化は嫌いじゃないけど……告白される身にもなってほしいよね。いい迷惑よ」


「おっしゃる通りです」


 至極まっとうな意見に俺はイエスマンへと進化する。見てる分にはすごく面白いけどやっぱり当事者になると大変ですよね、そうですよね。分かります分かります。


 両手で頬杖を突きながら、足をぶらぶらさせている凛花。めんどくさいとは言いながらも、こういう昔からの伝統は嫌いではないらしく、少し複雑な表情をしている。


「ま、いいや。もし告白されたらちゃんと断ろ」


「うん、それがいいと思うわ」


 こういう文化もエンタメとして昇華できなければただの迷惑行為だからね。相手の付き合いたいという思いを優先して、自分のことを後回しにするのは論外だから遠慮なく断ってください。


「あ、拓人。リレーの時応援よろしくね」


「えぇ……」


「なんで嫌そうなのよ!」


 俺の反応に、怒りをあらわにする凛花。いや違うんですよ凛花さん。


「もちろん応援したくないってわけじゃないよ?さすがにそこまで最悪な人間じゃないからね?」


「じゃあなんでよ」


「俺が凛花を応援したら炎上する可能性が高いから」


「炎上……」


 学年において白雪姫ともっとも距離が近い異性は俺である。今はほぼ完全に鳴りを潜めているが、最初の頃は男子からの視線が非常に痛かった。人畜無害な陰キャですアピール大変でした。


 そんな俺が体育祭で白昼堂々凛花のことを応援してしまえば、あとはもうお分かりだろう。炎上待ったなし。俺の平穏な学校生活は灰となってしまうのだ。そういうわけで凛花のことを声を出して応援することはしたくない。


「まぁ心の中で応援してるからそれで手を打ってくれ」


「えぇ……」


 納得のいかないご様子。そんな顔しても応援はできません、お母さん自分の学校生活を守るのに精一杯なんだから。


「うーん……あっそうだ!だったら今応援してよ」


「はい?」


「今なら二人っきりだし、別に声に出して応援しても問題ないでしょ?」


 その手があったか……!とはならないんですよねこれが。


 「私天才でしょ」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべている凛花を見て、心の中でツッコミを入れる。

 

 今応援しても意味はなくない……?そんなに応援を要求してくることあります?これ絶対裏あるやつじゃん。応援以外の別の何かを欲してる奴じゃん。俺そんなにお金持ってないからやめてほしいんだけど。


「はい、じゃあ応援して?」


「えぇ……」


 戸惑いを隠しきれない。いきなり応援しろと言われても「頑張れ」という言葉しか思いつかない。でもその一言で済ませると絶対に凛花は雑だのなんだの言ってくるのは目に見えている。

 

 うーん……何か頑張った時のご褒美が欲しい的なあれか?それならこんなに応援を要求してくるのにも納得がいく。うん、きっとそうだなこれは。


 なぜ凛花が俺の応援ごときにここまでのことをしているのか合点がいく。きっと凛花は何かご褒美を望んでいる。そうに違いない。


「凛花なら大丈夫だ、頑張れ。運動部の奴らに勝ったらジュース奢るわ」

 

「いや別にいらないけど……」


 どうやら違ったらしい。あれ?


 俺の予想は間違っていたらしい。え?じゃあ本当に応援されたかっただけなの?いやでもそんなはずないよなぁ……。うん、もうわかんないし、いいや。


 頭の中が混乱し始めたため、考えるのをやめる。自分の脳内コンピュータはそこまで優秀ではないのだ。優しくしないと壊れちゃうの。


「でもありがと拓人!私リレー頑張る!」


「……応援してる、頑張って」


 凛花が満足したようなので良しとしよう。柔らかい笑みを浮かべる凛花を見た俺は、何も考えず純粋に彼女のことを応援した。

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