第14話 白雪姫と夏服
「それでは期限内に返却BOXまでお願いします」
本来なら普通なのだが、この図書室に限っては珍しい本を借りに来た生徒。だからと言って「お!珍しく人が来たからちゃんと仕事しよ!」となるわけではなく、俺は読んでいる本から目を離さず黙々と読み続ける。ちゃんと仕事しろと言われてもおかしくはないが、本を借りる手続きを終えた生徒は何も文句を言わずにそのままスタスタと図書室から出ていった。
まぁスマホいじってゲームとかしてたら何か言われてるかチクられてるかもしれないけど本読んでる分にはなんも言われないか。それに俺みたいな陰キャが本を読んでいても、代わりに白雪姫が丁寧に対応してくれているのだから相手からしたらそれだけで満足だろう。俺など眼中にないだろうし、逆に俺が対応した方が苦情きそうな感じはある。私は置物です、劇の木の役です。そっとしておいてください。
「ふぅ……」
「お疲れさん。今日ちょっと来る人多いな」
「そうだねー。まぁ多いって言っても4人しかきてないけどねー」
白雪姫スイッチをオフにした凛花に労いの言葉をかける。先ほど来た生徒で4人目。なんとトップタイの人数である。もはやここまで来ると俺と凛花が当番の日は呪われているのではないかと疑ってしまう。いや楽だからいいんだけども。
「でももうこれ以上はさすがにこないっしょ」
「そうだといいけどねー」
俺の雑な予想をよそに凛花は自分の制服の胸元を摘まんで服の中へと風邪を送る。ちなみにダジャレではないです。ダジャレではないです(2回目)。
「……」
俺は凛花が制服をぱたぱたさせるのを一瞥した後、そのまま自分の視線を本へと戻す。
凛花さん、今そんなに暑くないですよ。すごい丁度いい気温ですよ。
夏に近づき、そろそろ衣替えの季節。クラスでも夏服に切り換えている生徒が結構いた。だが今日は晴れて入るものの、気温は比較的穏やかな天気で、決して暑いというわけではない。
今日は暑くないぞと口に出したくなったが、もしかしたら凛花が極度の暑がりという可能性もあったため、お口のファスナーをしっかりと閉める。
ぱたぱたぱたぱたぱた……。
隣からBPMの上がった衣擦れの音が聞こえてくる。うん、なんとなくそんな気はしてたけどこれ隣の人暑がりってわけじゃないですね。
すいーっと自分の視線を隣へとスライドさせる。すると不満げな顔をした凛花とバッチリ目が合う。自分が見られていることに気が付いた凛花は、動かしていた腕のスピードを下げ、その代わりに芝居がかったような表情を浮かべる。
大将!かまってアピール一丁!
いつものごとくかまってアピールをしてくる凛花。「気付いてるんでしょ?ほら早く話しかけてよ!」と顔に書かれているのが分かる。皆様は一体凛花ちゃんが何に気づいてほしいのかお分かりですか?分かる人も多いんじゃないんですかね?
そう、夏服です。今日の凛花さんは夏服なのです。気が付いたそこのあなた!おめでとうございます!ですが特に何もありません!
はい、凛花さんが脱皮もとい脱服もとい冬服から夏服へと姿を変えました。おそらくはこのことについて触れてほしいんだと思います。今もわざとらしく襟元をばたつかせているので間違いはないでしょう。
自分から話を切り出せば良いのにめんどくさい性格だなぁと思いながら俺は凛花の方を……
向かないでそのまま本を読み続けた。
凛花がかまってほしいのは分かるが今すごくいいところなのだ。申し訳ないがしばらくの間本に集中させてもらおう。
「あー……熱いなー。ねぇ拓人もそう思わない?」
気付いてくれたはずなのに、触れられることなくスルーされた凛花は腕を動かすスピードを少し早めて、こちらに問いかけてくる。
「いや、今日はそこまでじゃないか?比較的過ごしやすいと思うけど」
本から視線を逸らさず、凛花へと返事をする。
おそらく「そうだね。だから夏服なの?」とかの答えを欲しがっているのだろう。だが今の俺はすごく読書したい気分。いつもならばかまってあげるところだが今日のところは我慢してくれ。
「むぅ……あぁ暑いなー、もう溶けちゃいそうなくらい暑いなぁ……ちらっ」
すごく視線を感じる。なんなら最初の方不満が溢れてるし。
いい加減気づいて欲しいという不満の籠った視線が突き刺さる。そんな風に見られると集中できないわ。物語のクライマックスなのに全然話入ってこないよ。感動のシーンなはずなのに涙出るどころか目乾くレベルだよ。
「あぁ暑いなぁ……あついあついあついあつい!!」
「いや子供か」
これは……暴走……!?
そう言ってしまうほど突然体を揺らしながら暑いという言葉を連呼し始める凛花ちゃん(3才)。
あまりのかまってアピールについ口が動いてしまう。というかそんなに暑いなら揺れるな!動くと余計暑くなるのくらいわかるだろ!あと、夏服について触れて欲しいならもう直接言えばよくない!?そこまで全力でかまちょしてくるとは思ってなかったわ。めんどくさすぎるわ。
白雪姫はかまってもらうためなら武力行使も厭わない覚悟らしい。言葉と体の動き、使えるものを全て使って読書するのを止めてきた。隣でそんなぐわんぐわん動かれて気にするなというのは無理な話である。
「というか凛花今日から夏服でしょ?夏服で今日の気温ならそんなに暑くないと思うけど?むしろ超快適なレベルでしょ」
「!…そうなの!私今日から夏服にしたの!どう?」
どう?って聞かれても何て答えればいいの?「うん、夏服だね」としか言えないんですけど。
ようやく自分が夏服だということに触れてもらえたことが嬉しかったのか、凛花はドヤ顔まじりの明るい表情で夏服の感想をこちらに要求してくる。さっきから思ってたけどもう直接話振れば良かったのに……めんどくせぇ……。
「あぁ……うん。似合ってるんじゃないか?」
「ざつぅー……」
俺の賞賛の言葉が気に入らなかった凛花は、こちらのことをジト目で見つめ、不満を露わにする。
こちらとしてはこれ以上どうしろと。夏服似合ってるねでよくない?それ以上求められても困るんですけど!
「すごい活動的に見える。運動めっちゃ出来そう」
「その感想小学生みたいね。でもま、私運動得意ですから!」
さっきのあなたにそっくりそのままお返ししたいですそのセリフ。なんなら幼稚園児みたいなことしてましたよあなた。
「わぁさすが白雪姫だぁ」
「その口調うざいからやめて。あと白雪姫って呼ばないで」
「すんません」
小学生みたいと言われたので無邪気な子供を装って褒めたのだが気に障ったらしい。結構ガチ目なトーンで言われたので今後やらないようにしよう。
「そうだな……あとは夏服がシンプルだから凛花の可愛さが一層際立って見えるな」
「っ!……そ、そうかな?へへ……。拓人もやればできるじゃない」
なぜ上から目線なのだろう。あと途中なんか漏れ出てましたよ凛花さん。
褒められてご満悦な表情を浮かべる凛花。ついさっきまで不満たらたらな顔をしていたのに、そんなこと忘れたと言わんばかりの笑顔を浮かべている。
白雪姫の機嫌が良くなったようで何よりです。でも急に暴れるのはやめた方が良いと思う。というかやめてくれ。
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