第16話 体育祭
体育祭。高校生活において青春を謳歌するためのイベントランキングTOP5には必ず入っているだろう学校行事。同じ軍に所属した他の生徒たちと一致団結し、優勝という名の栄光を手に入れるために全力を尽くす。個人競技でも自軍の生徒が1位を取ったらまるで自分事のように喜び、団体競技では仲間は家族だと言わんばかりに声を掛け合い、勝利を目指す。
優勝したからと言って賞金が手に入るわけでも、何か将来役に立つ何かが手に入るわけではない。体育祭で優勝したからなんだと言われればそこまでなのかもしれない。
だが、生徒たちは優勝した時でしか味わえない達成感を、努力が花咲かせる一瞬を求める。今まで積み重ねてきたものが報われる瞬間に感じる嬉しさと、高揚感と少しの脱力感。筆舌しがたい感情の高まりを求める。そしてそれが青春の1ページとして最高のものになることを求める。
青春は尊いものだ。一度しか経験できない儚くて美しいもの。今後社会に出て、苦しくて辛いときにあの時は楽しかったと心を休ませることが出来る力を持つとても尊いもの。
そして今日がその体育祭当日。太陽が大地を燦燦と照らし、風が木々を揺らす。体育祭を開くには最適な天気であり、青春を謳歌するするにはもってこいの日である。
そんな心に残り続ける青春を彩る体育祭で俺は──
地面に落ちている玉を拾っていた。
赤色の鉢巻きを締め、赤色の玉をミレーの落穂拾いのように腰を曲げて拾う。そして自分の身長の2倍以上の高さの籠へと向かって投げる。
……青春?そんなの運動のできる陽キャにしか来ないんだわ!陰キャには青い春なんてないんだわ!春は桜色のものしか来ないんだわ!!
皆が見つめる中、特に白熱することもなく、玉を拾っては投げ、拾っては投げを淡々と繰り返す。これが尊いものなわけがなかった。
いやまぁ自分で選んだからしょうがないし、楽だからいいんだけどさぁ……。皆に見られながらやるのって恥ずかしいよね。
全校生徒の前で玉拾いをするというのは少し……いやかなり恥ずかしいものがある。小学生の時ならばそんなことを気にせず、全力で取り組めていたかもしれないが、高校生にもなると恥と外聞という鎧がいつの間にか体に引っ付いている。
これがリレーなどの花形種目であったり、綱引きなどの団体種目であれば話は変わってくるのだが、個人競技、特に玉入れに関しては誰ひとりとして全力でやらない。逆に全力でやっていると「おいwあいつ玉入れに力入れすぎでしょwwうけるわww」などと陰で笑われてしまう。
そのためある程度力を抜きつつ、戦犯にならない程度には頑張る必要があるという青春の”せ”の字もない時間を俺は過ごしていた。
さらばだ青春。君のことは忘れないよ……。
「勝利したのは──紅軍です!!圧倒的な差をつけて見事勝利しました!!」
青春君……変に気を遣って返ってこなくていいから……。
青春君はブーメランだったみたいです。それも手元に返ってくることなくそのまま心臓を突き刺すブーメランでした。こ、心が痛い……青春、つらい……。
手放したはずの青春が変に返ってきたせいで心の中に複雑な感情が生まれる。うん、勝ったのはまぁ嬉しいんだけどね?活躍したのも嬉しいんだけどね?玉入れなんだよねこれ。青春の1ページに刻むにはちょっと地味すぎるし、これなら刻まない方がましなんじゃないかって思うんだよね。
「お疲れ拓人。お前めっちゃ籠に入ってたじゃん!」
「ね。すごかったよね」
玉入れを終えた俺に涼太と陽が労いの言葉をかけながら暖かく迎え入れてくれる。
「……ありがとう」
こうして迎え入れてくれるのは嬉しいんだけど……なんかこう複雑な気持ちだ。嬉しいはずなのその嬉しさが半減どころか80%くらいカットされている気がしてならない。
「どうしたそんな嬉しくなさそうな顔して」
「いやほら……玉入れるの上手いねって言われてもそんなに嬉しくないなぁって」
「自分で選んでおいて何言ってんだよ」
「ほんとにそれはそうなんだけどさぁ……わかるだろ?こう恥ずかしいというかなんというか」
「あぁ……拓人の言ってることなんとなく分かるよ」
陽……わかってくれるか。やっぱりお前はいいやつだな。
いつもよりも優しい表情で気を遣った笑みを浮かべる陽に思わず涙が出そうになった。陽が出る種目の時は全力で応援しよう。
「いや俺もなんとなく気持ちは分かるけど大丈夫だって」
「何が大丈夫なんだよ」
「だって玉入れなんか誰も真面目に見て応援する奴いないから」
「……確かに」
言われてみればそうだわ。こんな明らかに運動できない人が集まる競技なんて最初から誰も見ないか。あ、そう考えると大分気持ちが楽になってきたかも。刺さってたブーメランもとい青春がやっと抜けそうかも。ふんす。
玉を拾って投げてメンタルが傷ついて回復してと、一人遊びが過ぎる体育祭だが、これから俺の出番はもうない。友人たちを応援しながら時々ヤジを飛ばすという最高に楽しい時間が待っている。もう玉入れのことは忘れよう。どうしてこう変に記憶に残る成績をとってしまうのかねぇ。
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