第12話 このあとめっちゃつんつんした

 キリネリド城にはいくつか中庭があり、草花が映える庭園もあれば、ただ土が敷き詰められた修練場という訓練の場もある。


 テニスコートくらいの広さの修練場に純白の騎士は立っていた。


 そこには木刀や案山子が壁際には立て掛けられ、いくつも攻撃の跡が地面に残る。


 渡り廊下や上階の観覧席には彼女の戦いぶりを拝見しようと、儀式の間にいたほとんどの人が集まっていた。


 彼らは口々に決闘の結果を予想し――ほとんどは勇者の情けない負けっぷりを妄想するばかりで、姫騎士の勝ちは決まり切ったことだと議論すら行われない。



「てっきり尻尾を巻いて逃げてしまうと思ったが、勇気はあるんだな。そこだけは評価してやろう」



 コスモス姫は心にも思っていない言葉を俺に投げかける。


 周囲を見回せば多くの見物客がいる、指を差しくすくすと嘲笑う貴族や騎士や冒険者……真っ向からのアウェイだ。


 この場に俺を応援する者はいない。


 ローラスも置いてきた、あれ俺が侮られると暴れそうだし。


 勇者脱落できるのであれば彼女の暴言も耐えられたのだが、事情が変わった。少しくらいやり返してもいいだろう……ここは一つ見物人共をか。



「親の七光りで騎士や冒険者になった奴に褒められても響きませんなあ。その言葉も誰かの受け売りで?」


「失礼、蛮勇だったか」



 一瞬息を呑む音が聞こえた、俺の身の程知らずさに驚嘆しているようで。

 そして吸った息を全て吐き出すように彼らは暴言を浴びせる。

 さながら爆鳴気、耳鳴りするような音圧にもう一人一人がなんて言っているのか分からない。

 


「気付かなかったけどお前一から十までテンプレ発言じゃねえかよ。勇気蛮勇の流れ久しぶりに聞いたわ」


「もういい、戯言なら負けた後で聞こう」



 元々かついでいた大剣の切っ先を地面にうちつけ、柄の末端を両手で覆っている騎士のお決まりのポーズ。


 そこから彼女は綺麗な太刀筋で大剣を両手で構える。

 見るからに重そうなものをよく平気な顔して持ち上げられるな。



「殺しはしない。だがその態度は改めてもらうぞ」


「俺もお前のご両親から改心させろとのご命令でね。悪いが圧勝させていただく」

 


 やかましかった周囲の声はぴたりと収まり、二人の間だけ切り取られたような緊張感が走る。


 じりじりと感じる威圧感、口だけではない姫騎士の実力を肌で感じて、作戦を考える思考が淀む。いや大丈夫だ……俺の作戦は完璧、あとは実行に移せばいいだけ!



「食らえっ!9%増量【水球】バブルボールッ!!」



 スキルツリーの強化に阻まれないぎりぎりの調整をした、ただの水の塊は初めて射出したときよりやや早いスピードで姫騎士に向かう。



「…………っ!」



 彼女は慣れた所作で大剣の平面盾のようにして水球を防ぐ。ただの水の塊だから、剣に触れた途端に弾け、隠し切れなかった肩や腕に勢いそのまま水滴が飛び散った。


 鎧に付着し、鎖帷子くさりかたびらの内部に染み込む液体を不快そうに見ている。



「なんだこれは、水?ただの水か?」


「そうだ!これは本当にただの水だぜ!どうだ参ったかっ!!」



 観衆は俺の台詞にこらえきれず、噴き出してしまうもの複数。

 コスモス姫は笑い通り越して呆れが見える。



「まだまだ行くぜ!【水球】バブルボールッ!【水球】バブゥボーッ!!【水球】bubbleballッッ!!」



 無尽蔵に投げる水の塊に大剣を構え防御することすらやめて、何度も水の塊を浴びる。


 水も滴るいい女、男役女優のような格好良さが際立つ彼女は濡れ髪でも十分イケメンだった。

 いや俺は何を考えてんだ?


 だらんと垂れた前髪をかきあげて、コスモスは告げる。



「もう気は済んだかな。ではこちらも行かせて頂く」


「済んだよ、もう俺の勝ちだか、」



 刹那――大剣は俺の首の皮数センチのところで止まる。

 膝をつき俯きながら手の届く範囲に彼女はいる。


 遅れてくる風圧、4,5メートルはあった距離を一瞬で詰め、命を刈り取ろうとしていた。


 その動きは全く見えなかった。

 レベル差、装備差、経験の差。どこを切り取ってもアドバンテージがあるのは姫騎士の方であり、これは決まりきった決着だろう。


 だが、そこからコスモス姫は少しも動かない。


 一見勝負はついている、あとは横に大剣を引くだけで終わるのだから、詰んでいるのは俺だと俺以外が思っている。


 再び、中断された台詞を続ける。



「気は済んだよ。もう俺の勝ちだからな、お前は動かないんじゃなくて


「くっ……貴様、一体何をした」



 水を浴びているのによく分かる玉のような汗、表情は険しく、まるで病魔に蝕まれているようだ。


 首を斬ろうとする大剣にそっと触れる。



「くひゃっ!」



 剣を支えきれなくなった彼女は武器を地面に落とし、その場に倒れてしまう。


 「ぐうう……」と唸るが呼吸することさえやっとで立ち上がるのはままならない。


 頬を上気させ息荒く、呪い殺すような目を向けている。



「あの水球、実は君にだけ効く毒みたいなものだったんだよ」


「ど、毒……?そんな馬鹿な、この装備は毒耐性が付与されている、はずだ」


「おお流石姫の装備、搦め手は通用しないってか。けど毒じゃないんだよ、呪いでもない、俺のスキルの効果だ」




 スキル【姫騎士特効ひめきしとっこう】:姫騎士に対するあらゆる行為がよく刺さる




 わざわざSPを100も使い、ヌルゲーを諦めて俺が得たスキルはこれだった。

 このスキルはパッシブで発動し、なにか生み出すというより攻撃の性質を定めるもの。



 何の攻撃力もない【水球】でも、彼女にとっては劇毒に成り得る。

 


 姫であり騎士である者にしか効果のない、言うなれば対コスモス姫用の専用スキル。

 彼女は何があっても、天地がひっくり返っても、このスキルがある限り、俺に勝つことはできない。



「そ、そんな馬鹿なことが……」


「あるんだよこれが。スキルを作るスキルの賜物だわな」



 姫騎士は絶句した。



「強者はファーストアタックを相手に譲るからいけない。強い奴に勝つ一番のメゾットは一撃必殺だよ」



 そして余裕のない彼女を見下ろしつつ、自分では見えないが最高に気持ちの悪い笑顔を浮かべる。


「な、なんだなにをするつもり、」


「散々勇者にふさわしくないだの、穀潰しだの言ってくれたなあおい」


 つん、と姫騎士の頬を指先でつつく。


「ひゃああ!?」


 身悶えるように甘い声を漏らし、荒い息を更に荒くした。


 俺はパッシブで【姫騎士特効】、つまり触られるだけで本来の何倍もの激痛が伴う!

 痛みにしては随分なまめかしい声だった気がするけど、まあいい。スキルの効果は出てるみたいだからな!



「悪口言われた分、めっちゃつんつんしてやるからな。覚悟しろよ」


「へっ、いや……ご、ごめんなさい、勇者はあなたです。今までの非礼も詫びます……だから、だから許して」



 コスモスは乙女のように半泣きで弱弱しい声を上げる。



「許すかー!!」


「ひにゃああああんっ!?」



 この後めっちゃつんつんした。

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