第11話 限定的な勇者

「イチミヤ……といったか、貴殿もそれで構わないな」


 母親譲りの圧のある笑み、ここで首を横に振ったらそのまま斬り伏せるつもりだろう――そんな余裕がありありと感じられた。

 俺は仕組まれたように言葉を発する。


「ちょうど俺も勇者は荷が重いって思っていたところです」


「ではこの決闘は双方合意というわけだ。中庭の修練場で待つ、準備が出来次第来るといい」


 純白の姫騎士様はまるで演説するように朗々と告げて、くるりと踵を返す。

 わー!とうねる声は歓声に変わり、見物しようとぞろぞろと彼女に続く。



 

 すっかり儀式の間はもぬけの殻。


 俺と司祭、憤慨するローラスに頭を抱える夫婦だけがその場に残っていた。


「コスモス姫はパドラ様のご宣託をなんだとお思いか!人如きがその選択を捻じ曲げるなどあってはならないのですよ!!」


 黙りこくっていた司祭は誰もいなくなって、怒りをあらわにする。


「申し訳ない司祭殿。娘の非礼を許してくれ」


「陛下……!許す許さないという話ではございません。神の存在を蔑ろにする不遜さ、いづれ痛い目を見ますぞ彼女は」


 ひざまずくの辞めて、立ち上がり軽く柔軟をする。


「司祭殿は俺が勇者でもよいとお考えなのですか。俺はただの民草ですよ」


「勇者はその民草から選ばれるからこそ意味があるのです、特権階級が世界を救う才覚を持ったところで誰もついては来ますまい。敵に敗れ、努力を重ね、常に気安い隣人だからこそ勇者は人々に慕われる……それを姫は理解していない」


「なるほど、司祭殿は勇者オタクなのですね」


「おた……?」


「うちの方言で、専門的な知識を持つ方を褒める至上の呼び方です」


 しかめっ面を少し緩め、「覚えておきましょう」と司祭は微かに嬉しそうに言う。



 軽く嘘をついたところで玉座で俯く老夫婦を見る。

 おてんばな娘の扱いに困る様子に一国の統治者という風格は無く、子育てに苦心する親のようで親近感を覚えた。


「大変申し訳ございません勇者様……あの子はどうも物事の本質を見ない節がある。騎士になりたい、冒険者になりたい、コスモスのことを思い、わがままを聞き続けた結果があれです。願えば叶うと本気で信じている、一国の現実を知ってもらおうとした行為がかえって裏目になった」


 女王は自虐気味に続ける。


「無理な頼みであることは重々承知です。躾ができなかった我々の不始末ではありますが、勇者様にはどうか彼女を正気に戻して欲しいのです。あの子は傲慢が過ぎる」



「その必要はないですよイチミヤ様」



 怒りに震える、目の光がすっかり失われたローラスがようやく声を上げた。


「あの小娘を再教育すればよろしいんですね。そのくらいできますよ、ええできますとも。イチミヤ様をないがしろにする奴らなど全て葬り去ってしまいたいのですが、プリンセスともなれば話が違う。私も自分の命は惜しい、なにせこれから光り輝くイチミヤ様の軌跡を間近で見るのはこの私なのですから。ですから骨の一本や二本で勘弁してあげましょう、心もぽっきり折ってしおらしく姫らしい姿に変えてあげま、」


「ストップストーップ!ローラスさんストップ、王様たち相手になんてこと言うんだい君は怖いもの無しか」


 口を直接手で塞ぎ、「ぷはぁっ!」と彼女は無理矢理手を外した。


「私はイチミヤ様が勇者でなくなるのが怖いのです!」


 目は潤み、今にも泣きそうな声色で叫ぶ。

 俺が勇者になったことを俺以上に喜んだ彼女は、勇者脱落が俺以上に悲しんでいる。


「だとしても俺がコスモス姫とやらを負かさないと話が違うだろ。それとも俺じゃ力不足で負けるってか?」


「それは、その……」


 おいおい露骨に目線外しよって、負けると思ってんじゃねえか。

 溜息をつき、ローラスの黒髪をわさわさと撫でる。



 おいおいこのままだと本当に戦う流れだぞ。

 絶対負けるって、こちとらクソスキルと初動激よわスキルでなんとかここまで切り抜けてきたんだぞ。見てよあの装備差、一撃で沈むわ。


 どうしたもんかなあ……どうやって勝てばいいのか。


「勝て?」


 思考が勝負する方向へ進んでいることに気付き、つい面白さがこみ上げてくる。

 おいおいテンプレ嫌いは口だけなのか?


「俺はテンプレやご都合主義は嫌いだけど、王道展開は割と好きだ」


 何を言っているのか分からないという顔で皆俺を見る。


「ぶっちゃけこのまま勇者辞めるってのもアリだと思うし、パドラの思惑通りに進むのは耐えられないけど。無条件に喜んでくれたローラスやギルドのお姉さんや冒険者の皆さんの期待を裏切るのは違うよな。テンプレ外しと肩透かしの展開は違うんだよ」


 もし勇者に選ばれ、初めに見た反応がここにいた者たちのような否定的なものだったならこんな風には思わなかったはずだ。『相応しくない奴が選ばれてしまった』という不愉快な空気感にたまらず自分から辞めると言っただろう。


 けれどこの場にいた人間とは違い、地位も力も名声もないギルドの冒険者たちは新たな勇者の誕生を大いに喜んだ。まるで自分のように歓喜した彼らはきっと俺が勇者でなくなったとしても扱いを変えない。


 敵に敗れ、努力を重ね、常に気安い隣人。


 俺は勇者になりたいのではない。

 けれど彼らの勇者にならなってみたいと思ってしまった。


 ステータスを開き、【スキル作成】のタブを開く。

 余っていた100SPスキルポイントを使い、あるスキルを取得する。


『おめでとうございます。スキル【     】を習得しました』


 数日振りに聞いた機械音性は俺の新たなスキル習得を無機質に祝い、『スキル一覧』に新たな表示を一つ増やした。


「やっぱこんなニッチなスキル持ってる奴なんていないよな」

 SPを使い習得できるのは存在しないスキルのみ。

 一生腐るシステムかと思ってたけど、こんなかゆいところに手が届く使い方もあるんだな。



「っしゃあ!コスモス姫分からせたらあ!!」



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