第10話 異世界の姫だろうと多様性
「うむむむ……せっかく勇者になれたのに嬉しくなさそうですね。やっぱり勇者は普通過ぎて嫌なのでしょうか?よし!ここは一つ『創造主』とか『神の遣い』とかユニークジョブを改めて作ってあげましょう!!そうすれば
難しい顔をしていたパドラは閃いたように満面の笑顔を浮かべ、すぐさま宙に浮く半透明の電子版を呼び出す。
プログラムを組むように目の前に現れたキーボードのようなものをカタカタ鳴らし――「なーにしてんのっ?」
「きゃっ!」
パドラは短く悲鳴を上げて、少女にもたれかかられたことで正座を崩す。
雪のようなストレートの白髪、長いまつ毛に大和撫子然とした顔つき。
彼女は雲を纏うような瀟洒な和装で身を包み、腰には日本刀が大小二本差してある。
雪女を思わせる風貌だが、容姿とは対照的に太陽に見間違うような笑顔をパドラに向けていた。
その天真爛漫さに彼女は苦笑して、プログラム画面を閉じる。
「フブキさん、こちらに来るときは連絡するよう約束したじゃないですか」
「それじゃサプライズにならないでしょー?それでパドちゃんはなにみてたの?」
二人は目の前の大きな鏡に顔を向ける。
その鏡にはイチミヤが映っており、現在彼は王族らしい人々に跪いていた。
「これ、なに?死刑直前?」
「なんてこと言うんですか!?違います、ちょうど勇者の儀式をしていたところなんです」
じっとフブキは鏡の奥、やる気の無さそうな勇者を見て視線をパドラに戻す。
「へーパドちゃんやっと勇者見つけたんだ。して決め手は?」
最近彼氏が出来た女友達に「彼のどんなとこが好きなの」と質問するような下世話な調子で彼女は聞く。
しかしパドラは臆せず即答した。
「一宮錬が一番可哀想だったからです」
ぽかんとして数秒、そして時が動き出すようにフブキは吹き出した。
「あはははは!!なにそれ意味分かんない!」
「もう笑わないでくださいっ!」
頬を膨らませ怒る彼女をなだめつつ、目に浮かべた涙を拭く。
「ごめんねえ、けどパドちゃんらしいや……いつかうちの勇者と会う日が来るかもしれないけどそのときはよろしくね。強いよー彼は」
パドラにもたれかかるフブキの体重がふっと消えて、雪のように姿が見えなくなる。
誰もいない真っ白な部屋、雪のような少女が来る前よりも鏡を見る視線には熱がこもっていた。
「一宮錬……!頑張ってください!!でないとあなたは、あなたは……!!」
「汝、イチミヤをロンドリアの勇者として忌まわしき魔王幹部、迅雷のファムファタルの討伐を命ずる。勇者という名誉ある職務を誇りに思い、仲間と共に冒険し、力をつけ、精進せよ。代々勇者と言うものは――」
目の前の偉そうな司祭はくどくどといかに勇者という職が偉大で、重要なものなのかと説いている。
その司祭の正面にひざまずき、ありがたい話を聞いていた俺は欠伸混じりに周囲を観察する。
レッドカーペットの中心列、少し段になったところに老人の司祭は立つ。
周囲には多くの人物がこの儀式を見守っている。
裕福そうな質のいい身なりの人間は貴族。
小奇麗な西洋鎧を身に付けているのは騎士。
騎士よりずっと荒いが独特の存在感を醸し出しているのは冒険者。
視線を戻し、司祭の奥の二人を見る。
王様らしい人と女王らしい人が玉座に座っていた。
王様は豪奢なマントと王冠、ステッキを持ち、優し気な目を細めて……いや違う寝てるぞこのおっさん。
女王がそれに気づいて長い杖の端で叩き起こした。
「ふごっ」
王様の鼻息に笑わないよう必死に下唇を嚙む。
恥ずかしそうに咳払いをする女王、彼女もまた豪奢な王族らしいドレスを身に纏うがその険しい表情からして政治の実権を握っているのはこちらなのだろうと容易に想像がついた。
「…………」
なんでこうなったかなー!
口には出さず、ギルドを訪ねた己の安易さを呪う。
何故かユニークジョブなる職業に就き、しかもそれが勇者ときた。
ギルドの冒険者の騒ぎようは比喩ではなく本物の勇者が現れたからだったのだ。
この異世界ではギルドは公的機関、そしてその公は王族に直結する。
ギルドカードを書き込むあの魔道具は国家よって管理されており、俺が勇者だという情報はあっという間に伝わった。
なら伝統として勇者を受け入れる儀式をしなければならないと、一日も滞在していないウォーリアから神の街『ゴッテスト』を訪れることになったのだ。
ここはロンドリア王国のキリネリド城の儀式の間、らしい。
なんだこのスピード感、もしかしてこの国には有能な人材しかいないのか?
「――であるからして、勇者イチミヤよ。そなたの今後の旅路を祝福する。運命の女神パドラの名のもとに!」
ピクリと耳を反応させ、「なるほど」と苦笑いを浮かべる。
これパドラが仕組んでんのか?
もしくはパドラに転生者として選ばれた、その影響か。
どちらにせよあの有能女神のおかげであることには違いない……違いないが、100パー善意だろうから責められない、けど文句は言ってもいいだろ。
勇者とか務まるわけない。
ご都合主義とテンプレートをとかく嫌い、やれやれ系に至るほどの実力を伴わない。
俺にこんな重役引き受けられるわけがない、というかしたくない。
でもなあ……もう一度周囲を見回す。
彼らは見たこともない衣服(ボロジャージ)に身を包む黒髪のやる気の無さそうな青年――つまり俺を無言で見つめている。
半分以上が奇異の眼、一割が期待、残りが侮蔑という感じ(なんどもジャンプをして俺の姿を見ようとしているローラスは無視した計算だ)。
こんな状況で「勇者やりたくないっす」と言い出せば、そのまま断頭台に直行だろう。
ここは一つ無言でその場をしのぎ、じわじわと俺の無能っぷりを見せるしかあるまい。
「お待ちを!」
結婚式の花嫁を奪う乱入者が如き勢いで後方の扉は開かれ、思考はそとで打ち止められた。
声は若い女性のもの、凛々しく育ちの良さを感じさせる朗々とした雰囲気。全員、司祭までもが俺から視線を外してその人に集まる。
わっと静かな歓声が立ち、乱入者は鎧の金属音を鳴らしながら俺の前へと歩く。
おいおいこいつ不敬罪とかで殺されるじゃないのか?
しかしそんな不安は不必要だったとすぐに気づく。
王様は彼女の奇行に優しげな眼を鋭くし、女王は「なにをしているのです!コスモス!」と子供を叱るように叱咤した。
この人多分この国のお姫様だ。
金髪碧眼。
絹糸のように綺麗な長髪を乱暴に一つ結びにした女性は声色通りの厳格そうで、戦の過酷さを知っているような凛とした顔つきだ。
深海のように深い青の瞳――俺よりずっと高い身長と引き締まった体つきを差し引けば、面前の王女によく似ている。
純白の鎧と背負う真っ白な大剣、素人目に見ても高品質で希少な装備だと分かった。
オリハルコンとかミスリルとか異世界特有の鉱石で出来ているに違いない……ふむ、こういう石を生み出す能力で一攫千金もありか。
「なぜこのような男が勇者に選ばれるのです!」
コスモスと呼ばれた女性は俺を指差し叫ぶ。いきなり失礼だなこの人。
「よしなさいコスモス、勇者様に失礼ですよ」
「父上は黙っていてください!私は母上と話がしたい!」
「はい……」王様は娘からの拒絶で、背中を丸く縮めてしょんぼりする。
ち、父上!頑張って!俺はよく言ったと思ってるよ!
「彼が勇者に選ばれたのはパドラ様の思し召し、我々が関与できるものでも変更してよいものでもありません。そのくらい一国の姫なら分かるでしょう」
ギリとコスモスは歯ぎしりをして反論する。
「奴はレベル一桁のいままでなにもしてなかった穀潰しです!身元すら怪しい!決して私が勇者になりたいのではありません!有名な冒険者やこの国に尽くしてきた騎士が選ばれるのなら文句はない!だが誰のどこともしらない奴が選ばれるのが我慢ならないのです!!」
よくそんなこと知ってるなあと他人行儀に思う、不思議なことに全く腹は立たない。
なにせ彼女がこのまま頑張ってくれれば俺は勇者から席を外せる、一国の云々から解放されるのだ。是非ともこのまま女王にディベートで勝っていただきたい。
「わがままを言えばそれが通るとでも?いつまで子供気分なのですか、恥を知りなさい」
「っ!…………」
コスモスは言葉に詰まり、女王は深く溜息をついた。
おいおいコスモスちゃんもっと頑張れ、俺をもっと虐げろ!人格否定しろ!この世のものとは思えない罵詈雑言をぶつけて泣かせる勢いで!……ってなんだかドMみたいでこの心の声は嫌だな。
「これは私一人のわがままではありません。ここにいる半数以上の者の総意です」
コスモスが怒りに震える声でそう告げると、じわじわと周囲の人々の声が露わになる。
「そうだ、俺たちはお前を認めない」
「平民如きが勇者なんておこがましいんだよ!」
「実力の無い奴が勇者なんて騙るんじゃねえ!!」
由緒ある儀式のはずが、高々一人の女性の声一つで台無しになり、俺を批判する声はうねりとなって部屋中にどよめいて回る。
無血革命とはまさにこのこと。
視界の端でローラスが怒りで震えている。
ステイだぞ、ステイ。絶対に暴れるな、これ以上話を拗らせるなよ。
「母上。まだこれでもわがままですか」
にやりと勝ち誇る笑みを見せるコスモスに王女は頭を抱え、一言。
「ならば決闘でその意志を示しなさい。もし勇者様に勝てるのであれば認識を改めましょう」
うねる声は最高潮に達し、喜びに満ち溢れた。
そしてその喜びの一部に俺はいた。
これで変な期待に押しつぶされずに済む!
けど……これで本当によいのだろうか。
まだ視界に捉えているのはローラスの表情。
怒りは消えて、ただ悲しみだけが積もっていた。
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