第8話 行動派メンヘラとの正しい付き合い方
「はい。ではこちらが正式な停泊許可証になります。再度の発行には料金が発生しますのでご注意ください」
貰ったA4くらいの書類は上質な羊皮紙で、赤の印が押されている。
若干笑顔が引きつっていたような気がするお姉さんに別れを言って、ローラスと共に役場を出る。
街は夕焼けに染まりつつあり、入ったときは確か昼下がりくらいだったから役所仕事に時間がかかるのはどこも同じだと不意に思う。
「これにもお金がかからないのか……さてはムールス家超有能だな?」
「商業と農業の街ですから、重い税を課せずともお金が集まるのです。お金が集まれば人も集まり、その中で有能な人材が領主に選ばれる。当然の筋書きです」
少し不機嫌にローラスはすらすらと言う。
この時代に政治のことこんなに詳しい女の子なんて存在するのか?
彼女のことを訝しみながら、ローラスの発言をなぞる。
「待った。この世界には貴族がいるんだよな。選ばれたって誰に……まさか民主主義なのか?」
「みん……?いえパドラ様が選ぶんですよ。運命の女神パドラ様が、正確にはパリタナ教の巫女がお告げを授かるんですが」
「ほぼ王権神授説だな、こっちは本物の女神だけど」
なんだか一気にきな臭くなってきた。
神が政治に介入するなよ政教分離しろこのやろー、と思うのは日本での生活が長いから。
これから政治改革する予定もないし、ボロが出ないよう慣れていかないとな。
「にしても政治に詳しいな?」
「こ、このくらい普通ですよ」
「前領主の娘で今は苗字隠してたりするのか?」
「まっさかー……」
「そんで不当な当選をしたムールス家が気に入らないとか?」
「…………」
「ま、そんなわけないよな!!ありきたりな展開過ぎる!もっとひねた構想じゃないと読者は満足しまいよ!さあギルドへ行こう!テンプレートのその先に突き進もうではないか!!」
ローラスは足を止め、可愛らしくぷくーと頬を膨らませている。
明らかに怒っていた。
「あの、ローラスさん?」
「ギルドには一人で行ってください」
「この街の構造知らないし案内してもらわないと」
「一人で行ってください」
「いや、」
「一人で」
「でも、」
「行ってください」
二人の間に気まずい沈黙が漂い、先に耐えられなくなったのはローラスの方。
くるりと方向転換して足音強めにどこかへと行ってしまう。
「私は今から行くところがあるのでついてこないでください」
振り返ることなく彼女は言う。
追いかけることはしない。
少し離れてから愚痴をこぼす。
「……空気読めないなあ俺」
頭をかいて、調子に乗った自分を反省する。
もし本当にローラスが前領主の娘ならムールス家の不祥事を暴くとかローラスの元々の家を復興するとかしないと。どれだけ時間と労力がかかる分かったものではない、ひとまず遠方の貴族の振りをして小さな家と接触、情報収集をしていくか。そのためには信頼に値する人間だと思わせないと……大型モンスターでも狩るか、あー結局ギルドに登録しないと。
「ははっ」
そこまで考えて、笑いが漏れる。
「なんでなにかしてあげること前提で考えてんだろうな、おこがましい」
俺は思考をそこで打ち止めて、ギルドの場所の聞き込みを開始した。
「お疲れ様です。今日はギルドにどんなご用事でしょうか?」
個人窓口でにこやかに微笑むお姉さんに少し緊張しながら、目的を告げる。
「今日は冒険者になりたくて来ました!」
あー言っちゃったー!
この年で冒険者になりたいとか中二病台詞吐いちゃったー!
年不相応な言葉にどぎまぎしていると、お姉さんは慣れた手つきで「ギルド加入の申し込みですね」と聞こえるように呟き、なにか物を探し始めた。
ギルドを探すのにさほど時間はかからなかった。
一人の青年に聞くと、「ギルド?あのデカい建物だよ」と快活に答えてくれた。
この街メインの街道をずっと行ったところ、突き当りに居を構えるギルド。
周囲の建物よりずっと高く造られたそれは冒険者が集う荒々しさがありつつも、公共の施設として一つの小奇麗さを保つ。
三階建てで宿屋と酒場も兼ねる青屋根の建築物。
夕方という時間も相まって、背中では冒険者たちが自分の武勇伝を語りながらどんちゃんと騒ぎ立てている。
さっきから彼らがこちらをちらちら見ているような……いや気のせいか。
「よっこいしょ」
「でか!?」
お姉さんがカウンターにやけに大きな機械を置く。
台座の上に柱が伸び、その頂部から垂れるように大きな青い球体がついている。その球体から台座に向かって伸びている針のような鋭い円錐。
一見サソリの毒針のような形状で、台座には白紙のカードがセットされていた。
「こちらに手をかざすことでギルドの登録及びステータスの管理を行います。特殊な
言われた通り青い球体に手をかざしてみる。
「おお!」
球体は触れていないのに淡く輝きだし、幾何学な模様を浮かび上がらせる。
針からはレーザーのように光の線が飛び出し白紙のカードに文字列を連ねていく。
一つ一つ、丁寧に文字を書き込み、かきこみ……。
「結構時間かかりますね」
「もう手は外していいですよ。これ旧式で書き出し遅いので、出来たら呼び出しますね」
「あ、はい」
「それでですね」お姉さんはやたらうきうきとしながら口を開く。
「ローラスさんとはどこまでいったんですか?」
「へ?」
二重の驚きで頭が混乱する。
まずなぜお姉さんがローラスの名前を知ってるのか。
次にどうしてそんな下世話なことを訊くのか。
オーケー俺はクレバーな男、こんなことで動揺したりなんかしない。
「き、今日会ったばかりなのにどこまでいくもなにもないじゃないですかっ!?」
しまった、声が裏返った。
「ふーん今日ですか。その感じだとローラスさんの武勇伝を知らないようですね。いいでしょう!」
お姉さんは意気揚々と語り出す。
ローラスは才能に溢れた冒険者。
双剣携えハイクラスモンスターだろうが魔王準幹部だろうが鎧袖一触で薙ぎ払う。
しかし同時に夢見る少女でもある。
いつか見た御伽噺のように狼の群れから颯爽と助けてくれる王子様。
私の為だけの王子様、いつだって守ってくれる最愛の人。
「それで毎日狼に襲われた振りをし続け、とにかく事あるごとに王子様を探してて、街の人たちからすっかりやべーやつ認定されてるね」
「なにかそれで差別されたりとか」
「しないしない!彼女めっちゃ強いし、歯向かうやつなんて生きてないから。ともかく強さの反動でやべーやつになったと触れ込みのローラスが落ちた相手ってどんなのか皆気になってたのよ」
いつの間にかお姉さんの口調は砕け、彼女が指さした方向を見ると、あれだけ騒いでいた冒険者たちはみなこぞってこちらに聞き耳を立てている。
俺の視線に気付くや否や、目を逸らしやいやいと騒ぎ始めるバレバレっぷり。
「どう?ああいう女の子は嫌?」
「全然、いいじゃないですか。メンヘラヒロイン、序盤に登場するには濃すぎるくらいのキャラを俺は評価します。ナイス非テンプレ!」
「言ってる意味がよく分からないんだけど、じゃあ王子様役は気に入ってるんだ」
「いえそれはまた別問題で、俺なんかろくでもない人間だって早く気付いて欲しいんですよね。王子様はもっといい人がいるでしょ、あれは恋じゃなくてただの勘違いです。仲間にはなってほしいんですが、この線引きが難しい」
お姉さんは俺の台詞を鼻で笑い「厳しいね」と呟く。
その言葉の意味を聞くより先に外から悲鳴が聞こえる。
酒を呑み騒ぐ屈強な冒険者たちは静まり返り、顔を見合わせて口々に言い合う。
「あれローラスだな。相手見つかったんじゃなかったのか?」
「気を引きたいんだろ、でも可哀想に今度は誰が悪漢役になったのか」
「おーい貴族の兄ちゃん!多分あんたの嫁さん外で一般人捕まえて迷惑かけてるから拾っておいで!!」
冷や水をかけられたように思考は引き締まり、焦りが沸き立つ。
「ぬおおおおお!!何やってんだよローラスはよおおおお!!」
その言葉を聞くや否やギルドを出て、悲鳴の方向裏路地へと本意気の走りで駆けつける。
まさかこれするためだけに俺と一時別行動したのか?
行動が読めなさ過ぎるぞローラス。
路地にいたのは恰幅の良い男性と中肉中背の男性の二人組。
「私は人妻です!やめてください離して!ねえ離して!」
「離してます離してます!助けて!誰か助けて!!」
「ひいぃ!頭のおかしな人に性犯罪者に仕立て上げられる!くっ……なんだこの女力強すぎる!?」
二人共明らかにローラスが手を掴み逃げられないようにしているのに、声色だけでは被害者を演じている。
「お前と婚姻関係を結んだつもりはないぞ」
「ああっ!イチミヤ様!駆けつけてくれたのですね、聞いてください、この悪漢共が私にいやらしいことを」
ローラスが強く掴んだ男性の手をどうにか引き剥がし、頭を下げさせる。
「な、なにをするんですか!」
「全部お前の仕業ってギルドの冒険者さんたち言ってたぞ」
「チッ、余計なことを」
「はいもうそんな悪態つかない!どうもすみませんでしたうちの馬鹿が」
「うちの……つまり嫁ってこと!?」
「空気を読め!」
前言撤回、はやくこいつどうにかしたい!
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