第7話 豊かな国は政治にも富む

 街につくまでの道中、この異世界の世界観を聞いていた。


 ここは七つの国で構成される世界で、今いるのは平穏な国『ロンドリア』の領地。


 十七の村と四つの街で構成されるこの国は二つ名の通り、その平穏さを売りにしており、第一次産業がメインに発展し、中世ヨーロッパらしいのどかな風景が続くらしい。


 そんな穏やかな国を脅かす魔王軍。


 六人いる幹部が七つの国々一つずつに配置され、一つ余る国は既に魔王軍に落ちた。


 そしてその国を今は魔王が統治しているという。


 それがほんの一年前の話。


 各国に緊張が走り、冒険者というモンスター討伐を生業にする職の需要が激増した。


 軍需経済に傾きつつあるが、魔法やスキル等個々の才能にパワーバランスが左右されるこの世界では徴兵するよりも各々努力してもらう方が手っ取り早い。


 今目指している壁の街『ウォータル』は魔王幹部の駐屯地から最も遠く、この世界で一番安全な街と言われているらしい。





「安全って……なにがどう安全なんだ?」


「見れば分かりますよ、ほら!」


 なだらかな丘が続く地平線を歩くこと数時間、徐々に街の全貌があらわになる。


「ああなるほど、こりゃ安全だわ」


 その街はかなり幅の広い川の中州のような空間に造られ、川と中州を隔てるように何十メートルにも及ぶ高く分厚い壁。


 天然の要塞にダメ押しで人口の要塞を建てたような街、どうしてウォータルに壁の街という名前が付けられたのか一瞬で理解した。


 こんな無敵要塞わざわざ攻めようだなんて思わない。


 等間隔に何本も架けられた橋を渡る以外の侵入経路は無い。高い壁を門兵に見つからず軽々と昇る身体能力があれば話は別だが、怪我人と疲労困憊男では難しいだろう。


 川に囲まれているから農業も盛んで商業の場にも適しているようだ。





 石レンガが綺麗に積まれ、苔むして風化してもなお形を留める高い石壁。


 日本の城の石がきを想起させるそれに惚れ惚れしていると「イチミヤサマー!」とローラスの呼ぶ声が聞こえる。



「悪い、でなんだって?」


「もう検査終わりますよ、なにを物思いにふけっていたんですか?」


「この壁どうやって造ったんだろうなって気になったんだよ」


「ま、まさか壁フェチなんですか!?ご安心を!このローラスちゃんとぺったんこです!!」


「やめろ人前で!」



 手で直接ローラスの口を塞ぎ、苦笑いをする門兵さんたちに謝る。


 今はこの街に入るための手続き中で、優し気な老人の門兵が話した。


「ではこちらが通行手形。そしてこちらが臨時停泊許可証です。期限が切れるまでに役場の方で正式なものを発行してください」


 正方形の木の切れ端に『通行手形』と日本ではないどこかの文字で書かれたもの。


 そして粗悪な羊皮紙につらつらと『この街に留まることを許可する』旨の文字列が並べられたもの。端には俺が書いた日本語ではない名前が添えられている。


 その両方を受け取り、率直に疑問だったことを訊く。


「お金いらないんですね。通行料とか取られると思ってました」


「私共は浅学ですが、貴族様からお金を巻き上げるわけにはいきません」


 何を言っているのか分からなくてローラスに目線を移す。


「こちらでは苗字があると貴族の証なんです。あとその高品質な衣服のおかげかと」


 と、耳打ちしてくれる。


 上下合わせて3000円の底値ジャージなんだが……まあ産業革命前の世界だとそんなものなのだろうか。自分のいた世界とどこまで混同して良いか分からないが、今はそれで納得しておく。


 羊皮紙に目を落とすと俺の名前『イチミヤ レン』フルネームで書いてしまった。


 これだと後々面倒そうだ。今回は儲けものだが、名乗るのはイチミヤだけにしよう。



「あと一つ。よくできたシステムですね、これはどなたが考えたのですか?」


 若い門兵と老いた門兵はお互いに顔を見合わせて、若い方が自慢げに語る。


「ウォータル領主のムールス家のおかげです!あの家は税金をきちんと我々の為に使ってくれますので!」


 門兵ははっとして自分の口を塞ぐ。


 暗に他の貴族は税金を適当に使う、つまり俺への当てつけになると考えたのだろうか。


「いいですよ。今は一介の冒険者志望です」



 苦笑しつつ、自分の考え得る限り優雅な所作で手を振り門をくぐる。

 ローラスが腕にひっついてくるのを押しのけつつ、これからの目標を頭でなぞっていくと、


「あの!」


 既に次の検査に入り、大荷物の馬車が元々俺がいた辺りに来ていた。

 けれど若い門兵は勢い任せに俺を呼び止めて、何か言いたげする。


「なにか?」

「えーその……色々と!お気をつけて!」


 必死な物言いを不思議に思いながら、街に踏み入る。





 馬車の荷物検査をしながら若い門兵は心配そうに老いた門兵に尋ねる。


「あれローラスですよね。あの狼の群れに毎日入っては運命の人を待つ頭のおかしなローラス、とうとう相手見つけちゃいましたよ。大丈夫かなあ」

「うーむ……貴族様の方はキレものそうじゃし、いざとなったら切り抜けられるじゃろ」

 

 どうにかしてひっつこうとするローラスを押し返し取っ組み合いになりかける二人組を見ながら溜息をつく。


「騒ぎにならないといいけどなあ」

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