第5話 クソスキルは上手く使ってこそ
少女を背負いながら走る。走る。
ちゃんと食べていないのか少女の体は軽く、背中に当たる胸の感触は薄い。
がっちりとしがみつき、離れるつもりのない少女の姿を感じて、「守らないと」と疲労した足のトルクは自然と上がる。
「ウオオオオオンッ!!」
狼たちの遠吠え。
背後だけでなく、前面以外の様々な場所から聞こえてきた。
入り乱れる木々のうねりに手間取りながら走る。
ばちばちと、枯れ葉を踏み、枝を潰す音があちこちからする。
向こうは狩りのつもりだ。
俺の言葉が分かるくらい、現実世界産の狼より賢い彼らは狩りもずっと上手いだろう。
負傷者一名と雑魚一名ではどうにもなるまい。
目下目標は逃げおおせること。
恐らくこの森は狼の縄張り、ここから離れればあいつらが追いかけてくることもないはず!
獣の臭いと息遣いがやけに鮮明に感じて、不愉快になる。
同じような景色が続き方向感覚が分からなくなる。
もしかしたら狼たちに追い込まれているのかも。
「おいおい、ここで死ぬとかマジでないぞ。本当にこのスキルはクソなのか?もっとやれることあんだろ……水遊びするためだけのスキルなんてあってたまるかよ!」
「ステータスオープン!」と叫び、スキル一覧から【
【
「液体……?水じゃなくて液体でいいのか?」
咄嗟の思い付きで、【スキル作成】の『スキルツリー』を開く。
『スキルツリー』は一つ一つの所持スキルを強化していく経路を示したものであり、これにも素材が要求される。
ジグザグの道なき道を走りながら、【
「ない……やっぱりない!」
言葉とは裏腹に、にやりと不敵な笑みを漏らした。
「おい少女。後ろ見とけ、狼が追い付いてきたらすぐに伝えろ。ぎりぎりまで引きつける」
「う、うん」
掠れた声で少女は頷く。
登場時の期待を寄せた声は無くなり、ずっと不安で俺を値踏みするような視線を向けている。
今に見てろよ、狼撃退して普通に帰ってやる!
軽やかな足音。
獣の猛る咆哮が響き、荒々しい息遣いが背後から聞こえる。
先まで感じていた気配よりずっと大きい。
「まだ」
「まだ……」
「…………いま!」
走っていた足、右足を踏ん張り、片方の足で地面を蹴り上げて踵を返す。
猪突猛進な黒い狼と俺の眼が合い、相手は牙をむき出しにして頭蓋を噛み砕こうとする。
右手を振り返った推進力のまま振り上げて、狼の顔面へと構える。
右手と牙の距離は数センチ。
「変化版【
顎が閉じるより、水球が弾ける方が数瞬、早い。
パァンッ!と水面が圧がかかるような音がして狼は近くの木に撃ち付けられる。
身悶え、短い前足で目をこすろうとするが届かない。
しばらくはこれで動けまい。
「はは……よし、上手くいったぞ」
司令塔が戦闘不能では他の狼たちが動くことはできないだろう。
達成感で変な笑いが出る。
勝てないと思った相手に頭脳で勝てたことの気持ちよさで、体の疲労はすっかり忘れていた。
じれったく苦しそうにする狼。
なんだか可哀想になって水球を何度か浴びせ、変化版水球を洗い流してやる。
ぶるぶると狼が身震いしている間に森を抜けるため走るが、彼らがこれ以上追ってくることはなかった。
「ふうー、やはり俺は天才だな!子供一人抱えながら狼から生還!そしてその狼すら逃してやるとはなんと慈悲深いのだ!がーはっはっは!はあ……死ぬかと思った」
森を抜けてしばらく歩き、我が愛しのスライム平原へと戻ってきた。
その場に少女を下ろして、座り込む。
「怪我ないか」
少女はふるふると首を振って意思表示する。
「あの……」
「んあ?お礼とかいいよ、俺はなすべきことをしたまでだ」
ふっ、決まった。
「そうじゃなくて、あの狼には何をぶつけたの?変化版って?」
「あそっちね。格好つけただけでただの海水だよ。海水は目に染みるから」
【
液体ならなんでもいいという自由度は正直違和感だった。
濃硝酸でも王酸でも、架空の強い毒でも良いということになる。
速度もなく、攻撃力もないのに『液体』というくくりにだけ自由度が設けられているのは不自然だろう。
『スキルツリー』を確認すると、やはり液体の種類に関しての成長が記されている。
当然そこには毒に関する記述もあったが、海水については触れられていなかった。
唯一の自由度、そこに海路を見出した。海水だけに。
少女の眼には感心という輝きが灯る。
頬を赤くしながら、まだ聞きたいことがあるという風に口を開く。
「なんで狼にトドメを刺さなかったんですか?」
「可哀想だろ」
少女は何を言ってるのか分からないという顔をする。
「狼たちにも生活があるだろうし、テリトリーを踏み荒らした上殺すとか蛮族にもほどがあるっていうか……元はと言えば狼に勝てる力量がないのに森に入ったお前が悪い」
指を差されて、ぽかんとした表情を見せる。
怒るかと思ったが、少女は疑問をまた投げた。
「じゃああなたはモンスターを殺さないんですか?」
「いや殺す。理由無く戦うのが嫌なんだよ。無血こそ至上ってね」
格好をつけてうそぶく俺に少女はくすりと笑う。
「変なの」
「そりゃ異世界現地住民からすれば変だろうよ」
生々しい動物型のモンスターを直接手にかけるのがまだ怖いだけ。
エゴを隠した言語化を見抜かれたのか、と冷や汗をかいた。
「私、ローラス。ただのローラスです」
「俺はイチミヤレン、ただの異世界転生者だ」
少女もとい、ローラスは「テンセイシャ?」と首を傾げる。
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