第4話 期待値を下回るクソスキル

 いびつに疲れた体に鞭を撃ち、必死に走る。


 若い女性の悲鳴が聞こえた方向は付近の森の深く、あの聞こえ方からしてそう遠くはないだろう。


 不安もあるが、新たに手に入れたスキル【水球バブルボール】のお披露目には丁度良いと軽く目論んでいる。


 俺は声の主を救うつもりだった。

 なんてテンプレな行動理由か。

 


 木々が増えて視界が悪く、足元も根が隆起して走りづらくなる。


「あーくそ疲れるな!」


 体力の消耗も激しくなって、声を荒げる。


 だいたい危険な森なら単身で乗り込まないで欲しい、想像力のない若者はこれだから……いやトラックに轢かれて死んだ俺が思っても説得力はないか。



「いやっ!こないで!!」



 先ほどよりもずっと声は明瞭に聞こえた。


 草むらを突っ切り、木の枝を折って、声の主の元に飛び出る。


「大丈夫か!?」


 そこは少し開けた青い空と青い月が見える空間で、一人の少女がぼろきれに包まれひどく怯えていた。


 長い黒髪に死んだような黒目、せっかく可愛らしいのに苦痛に歪んだ表情のせいで台無しだ。


 両腕は肩から手のひらまで古い包帯が巻かれている、大怪我をしているのだろうか。


「歩けるか」


 質問に答えることなく、彼女は震え声で俺の背後を指差す。


「あ、あれ」


 今まで見て見ぬふりをしていたものをやっと振り返り直視した。


「ガルルルル……」


 そこには狼がいた。


 群れだろう、数は六匹。

 一匹以外銀色の体毛を持ち、四足の末端には水晶のような透明な宝石がついている。


 先頭で威嚇する黒色の狼。

 他のやつらより一回り大きいそれはきっとこの群れのボスだ。


 大型犬とサイズ感は変わらないけれど、ここは異世界――どうせ何かしらのモンスターなのだろう。


 レベル3の僕が勝てる相手か?

 スライムにいい勝負していた奴が、それも六匹もいるのに。


 押さえつけていた不安がじわと存在感を膨らませる。


 少女の目線は狼たちから外れ俺へと向けられている。

 今にも死にそうだった瞳は少し輝きを取り戻し、期待を寄せている。

 狼に顔だけ向けていたのやめて、体ごと少女を守るように立ちはだかった。


 やれるかどうかじゃない。


 もうここまできたらやるしかないんだ!


「ご丁寧に攻撃を待ちやがって。野生動物らしくねえな」


 右手を構え、スライム相手には外したスキルの名前を叫ぶ。


「【水球バブルボール】っ!!」


 手のひらに透明な液体が集まり、重量を無視して球体を生み出す。

 その球は俺がスキル名を言い終わるのとほぼ同時、手を離れてそこそこのスピードを保ちながら飛んで行った!


 黒い狼めがけて発射されたそれにモンスターたちは動くことすらできず、まともに食らう。


 ばしゃーん!


 水球は狼に当たるとはじけて、前方にいた狼数匹をぐっしょりと濡らし、不快そうにぶるぶると彼らは身震いをした。


「は、い?」


 何が起こったのか分からず、もう一度発動してみる。


「【水球バブルボール】っ!!」


 発射される水の玉、再び動かない――というか攻撃力がないから動く気もない狼に当たった水球は濡らすだけ濡らして役目を終える。


「つ、つまりこのスキルは本当にただの『球状の水』を発射するだけってこと!?」


 心なしか狼たちが俺に可哀想なものを見る目を向けている気がする。


 はっと後ろを振り返ると、少女は首を傾げていた。

 『まさかこれだけで終わらないよね?』と言いたげな期待の眼。


 下唇を噛んで、天を見上げる。


 なんだこのクソスキルゥ……!


 雑魚モンスターのスライムから作成できる時点でお察しだったけど、もうちょっと殺傷能力があってもいいじゃない?こんなに役立たずなスキルだとは思わないじゃない?



 呼吸を整えて、あらぬ方向を指差す。


「あーっ!あんなところに狼系ケモミミ美少女がっ!すげーえっちな感じになってる!!」


 ぶんと一斉に狼たちはその指の先に首を振り、その隙に少女の手を取る。


「逃げるぞ少女……あれは俺の手には負えない」


 立ち上がらせて、少女を背負うとそのまま森を抜け出すように走り出した!

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