#6 極龍會
「よォ、ねーちゃん」
時は戻って、現在。
不意に声をかけられ、フォーチュンは「ひゃう」と悲鳴を漏らす。
声の主は、推定年齢二十代前半くらいの男。
パンチパーマでジャージ姿。
ヒョロッと痩せており、どこか狂気的な容貌。鼻には大きなガーゼが貼り付けられ、歯が数本欠けている。
なんだか物々しいその男の雰囲気に気圧されて、フォーチュンは萎縮してしまう。
「あんたァ、
品も知性も何一つ欠片も感じさせない、なんとも的を得ない質問を投げ掛けるパンチ頭。
すると、
「
その言い間違いを訂正しながら、もうひとり男が現れる。
おそらくパンチ頭にとって上位の立場。
兄貴分であろうその男は推定三十代。
恰幅がよく、短髪で目が据わっている。
黒いシャツに白色のスラックス。
腕には金色の時計が巻かれている。
その肩書きは確かに
恐る恐るフォーチュンは質問する。
「あの、貴方様方はいったい……… 」
「俺等はこのへんを仕切っている【
兄貴分は淡々と答えるものの、彼女にはまったく心当たりのない響きであった。
「ウチの会長から、アンタを連れてくるよう言伝を預かっている。悪いが同伴してもらうぞ」
不意に、彼女は理解する。
ジャパニーズマフィア。いわゆる
彼らの目的が推し測れずとも、身の危険を察知したフォーチュンはさらにその身を震わせる。
「…… そんな、急にいわれましても…… その、困ります…… ですの…… 」
声と勇気を振り絞りながら、彼女は困惑の態度を示す。
「んだと、コラぁ!?」
そんなフォーチュンの態度に突如、パンチ頭が豹変する。
響き渡る甲高い怒声。フォーチュンは思わず、「ひぃっ」と悲鳴をこぼす。
咄嗟の出来事に、周囲の通行人も視線を寄せる。
「テメーッ、兄貴の言ったことが聞こえなかったのか、ああーッ!?」
「やめろ、声がデケェ。沸点低すぎんだよ、おまえ」
兄貴分が鬱陶しそうに静止を促すものの、パンチ頭の昂ぶりは収まらない。
遂には、フォーチュンの華奢な細腕を乱暴に掴んでしまう。
「きゃああっ、やめてください!!」
「うるせぇっ、いいからおまえはっ、黙ってついてくりゃいいんだよォーーーッ」
声を荒げるパンチ頭。
力任せにその掴んだ腕を引っ張りあげようとする。
刹那。
「――― おい」
誰かがパンチ頭の腕を握り、その横暴を力づくで停止させる。
「あン?」
反射的にパンチ頭は相手をガン見。フォーチュンもまた、その介入者に視線を向ける。
「やめてやれよ、いやがってんじゃん」
無造作の黒髪天然パーマ。力の籠った眉間。少し焼けた浅黒い肌。愛想のなさそうな仏頂面。藍色のダボシャツと波模様のステテコ。水色の腹巻。貧乏くさい雪駄。
昭和のおっさんみたいな、なんともダッサい恰好。だが年齢は、フォーチュンと同じくらいか。
天パ少年は諭すように、パンチ頭のイカれた眼孔を、その精悍な眼差しで覗き込む。
一方、パンチ頭は黙ったまま、フォーチュンを解放。完全に標的を少年に絞りこみ、みるみる眼球が血走り、息が一層荒くなる。
自由の身となった彼女だが、身代わりになってしまった見ず知らずの天パ少年の身を案じ、その場で狼狽してしまう。
周囲の通行人もすっかり静まり返り、現状を傍観しながら、ただただ黙って固唾を飲んでいる。
パンチ頭は掴まれた腕を振り払うと、瞬きもせずに、じわりじわりとその顔を寄せていく。
「ちけーよ、顔が」
視線を合わせたまま、その行為に対して天パ少年は嫌悪感を表明。
その言葉にパンチ頭は、噴火直前の火山のようにプルプルと身を震わせる。
「テメェッ、自分が何やってんのかわかってんのかあァーーーーッ」
そう発狂すると、パンチ頭は相手の胸倉をグッと掴みあげる。
天パ少年はされるがままに、ただただ黙ってその行いを静観する。
「!」
不意に、パンチ頭は
「おいっ、オイオイオイオイッ」
動揺するなり、その下品な声をより一層喚き散らす。
「おまえいったい………
その雄叫びに、事態を黙視する兄貴分は疑問符を浮かべる。
パンチ頭が視界に捉えたもの。
それは、
掴んだ胸倉から覗く天パ少年の左胸に刻まれたあまりにも不釣り合いな代物。その一部分だ。
「
臆した様子もなく、天パ少年はサラッと名乗りを上げる。
プチッ。何かが切れる音がした。
「フザケてんのか、テメェェエェェェェエェーーーーッッ」
パンチ頭は、大振りの拳を叩き込む。
狙うは顔面。
バキィッ。天パ少年・
「きゃあああーーーーーーーーーっ」
フォーチュンは悲鳴をあげる。
周囲にもまた、どよめきが伝播する。
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