#4 地球の化身

 改札口では、駅員のお姉さんが手渡しで乗車券を回収していた。

(なんってアナログ!)

 フォーチュンはその様子をまじまじと観察しながら、おそるおそる乗車券を差し出す。

 駅員のお姉さんはニッコリと微笑みながら、その乗車券を受け取った。

「ようこそ、徳島へ」

 フォーチュンはぺこりと軽く会釈をし、頬を赤く染める。


 改札を抜けると左手にお土産コーナーと売店が設営されており、隣接するショッピングモールのショーウィンドウ前には待ち合わせらしき人々がズラッと座り込んでいる。

 それを横目に駅構外へ出ると、目の前の殺風景なロータリーには幹の細いヤシの木が数本伸びており、風に揺られて静かに踊る。

 その下ではタクシーが並び、運転手たちが退屈そうに世間話を嗜んでいる。

 気の抜けた信号のアラームが通行人を急かしてはみるものの、歩行者たちの鈍足は変わらない。

 駅ビルを除けば高層の建造物はこれといって見当たらず、晴れ渡った空は今まで訪れた日本のどの街と比べてもダントツによく見渡せる。


 ユルい。街全体が欠伸を浮かべ、じわりじわりと時間が遅延していくような、そんな体感をフォーチュンは知覚する。


「来ちゃった、ですの――― 」

 フォーチュンは判然としない様子で、そうつぶやいた。


 はじめての外界。

 はじめての旅路。

 はじめての終着点。


 この瞬間、彼女の心境は一つの区切りを迎えることとなった。


 精神的に、もっと殺伐とした旅になると思っていた。だが道中、予想以上に事なきを得たこの旅は非常に呆気のないもので、胸中の娯楽的な充実感に相反して、正直肩透かしを食らう。


 だが、安心するにはまだ早い。

 フォーチュンはそう自分に言い聞かせる。


 辿

 あとは、


 街を眺めながら、彼女は改めて【地球の化身ホメヲスタシス】の神託を思い出す。


        ◆◆◆


 蒼と蒼が交錯する世界。

 その聖域に、フォーチュンがのは初めての事だった。


 彼女は、水面みなもの上に立っていた。足裏からは小さな波紋が脈打ち、その可憐な裸足を飲み込むことなく、ベッドの上に立つような柔らかい浮力が、フォーチュンを支えている。


 ロケ地・ウユニ塩湖。ジャパニメーション好きな彼女は、そんな文言を想起する。


 水平線の彼方まで拡がる蒼天と蒼湖。

 周囲に物体は存在せず、生命の気配も感じ取れず、創大な景色だけが淡々と続いている。

 それは永遠とともに停滞を感じさせ、美しさの中にどこか無機質な感情を抱かせる。

 その感情にもし名前をつけるとするならば、『孤独』だろうか?

 此処は、生命が存在するにはあまりにも寂し過ぎる。


『はじめまして。新たなる【星詠ほしよみの巫女みこ】』


 温かな声が響き渡る。

 その声は老若男女の混声だが、その正体と声に秘められた母性から、フォーチュンはなんとなく女性を連想する。

 不意に、目映い発光が彼女の視界を奪う。

 発光は瞬く間に終息。そして瞼を開くと、その景色には明らかな異物が紛れ込んでいた。


 それは巨大な広葉樹。

 大蛇のように根を這わせ、岩石のような幹を固め、翼のように枝葉を空に広げる。

 その緑々しい大いなる生命力に気圧されたフォーチュンは、思わず口を大きく開けたまま、はしたない姿でポカンと放心する。


 ふと広葉樹から、ひらりと一枚の葉が舞い落ちる。

 そして、その葉に水面から、まるで手を伸ばすかのように幾多の水流が吸い寄せられていく。


 水とは、『生命』そのものだ。

 それは瞬く間に血肉を形成し、一個の生命を顕現させる。


 聖獣。それは背後の広葉樹に負けず劣らない屈強な双角を備えた、青い毛色の牡鹿。

 それこそが、【地球の化身ホメヲスタシス】の姿だった。


此方こなたの名は地球の化身ホメヲスタシス

このであり、創造主でもあります』

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