第一章 Ride on Shooting Star
#3 フォーチュン
コシュー っ。
膨大な炭酸がごっそりと抜け落ちていくような、そんな豪快な音が響き渡る。
汽車だ。21世紀も四半世紀以上経過し、二度目の東京オリンピックも終えた現代。
日本国内において、未だディーゼル車を運行する唯一の都道府県が存在する。
四国東方・徳島県。
JR徳島駅に今、特急うずしおが到着したところだった。
『終点とくしま~。終点とくしま~。ご乗車ぁー、ありがとうございます』
アナウンスが流れる。
車内に充満した田舎特有の間延びした空気に毒されたせいか、乗客たちは皆、ノタノタと緩慢な動作で、荷造りを進めていく。
そんな乗客たちの中に、
淡いピンク髪の西洋系女子。
歳は十代後半くらいだろうか。
腰まで伸ばした流麗なロングヘアには小さな星型の髪飾りが幾つも散りばめられ、髪色と同じピンクのカーディガンとドレスのようなミニの白いワンピースに身を包む。足元はルーズソックスにスニーカー。
手に握るのは白亜の装飾杖。杖はカーボンのような材質で、先端が三日月型となっている。
特筆すべきは、その美貌。
雪のようにしっとりとした白い肌。
彫刻のように研がれた鼻筋に小さくて薄い瑞々しい唇。
蒼碧の双眸は空や海を覗き込むような途方もない引力を宿しており、少しでも気を抜けば吸い込まれてしまいそう。
その美しさには視る者の心を清め、浄化し、慰めるような、そんな神秘性が内包されている。
「おっと失礼」
そんな彼女に、青年が不意に接触する。
彼もまた西洋人。
このクソ暑い季節にも関わらず、喪服のような細身の黒いスーツをキッチリと着こなしジャケットまで羽織っている。
それでいて汗ひとつかかず、清潔感を維持したまま清涼感も兼ね備える。
柔らかそうな黒髪を小奇麗に整え、その大きな瞳でピンクの少女を覗きこむ。
「申し訳ない。よそ見をしていたもので。お怪我はありませんか?」
物腰は柔らかく、態度は紳士的。
その対応はとても好感の持てるものだった。
「はいな、大丈夫ですの。こちらこそ申し訳ありませんでした、ですの!」
ピンクの少女は礼儀正しくお辞儀をし、顔をあげる。
その要因に心当たりがない彼女は、可憐に小首を傾げる。
「いや、これは失敬。
困ったように、黒い青年は笑う。
その言葉を鵜呑みにしてピンクの少女は「きゃっ」と声をあげ、照れを隠すよう両手で口元を押さえる。
そんな彼女の反応に、黒い青年は満足気。
「見たところ御一人のようですが、やはり
「アワ、オドリ?」
聞きなれない単語に、彼女は再び小首を傾げる。
「どうやら違うみたいですね」
「えぇ、人を尋ねてきたんですの。貴方様はご観光を?」
「いえ、僕も仕事で。
フルフルと、ピンクの少女は首を横に振る。
答えはノーだ。
「日本仏道の宗派がひとつ、
その開祖・
それらを総称して、人々は【
古代より、都から遠く離れた四国の地は修験者たちの修行場だった。
若き日の空海もまた、そのうちの一人であり、彼の入定後、多くの修行僧がその足跡を辿って遍歴の旅を始める。
いつしか人々は、これら
その巡礼者を、お
近年では、従来の信仰に基づく巡礼者も未だ多い中、いわゆる自分探しを目的とした一般の巡礼者も増加傾向にあるという。
「仕事柄、僕はその歴史や文化などを研究していて。その一環でここ徳島に」
「それは素晴らしい!インテリジェンスですのっ」
「フフッ、ありがとうございます」
微笑み、黒い青年は周囲を見渡す。気が付けば車内は自分たちだけのようだ。
「失礼。足を止めてしまいましたね」
「とんでもない。貴方様とお話しができてわたくし、とても楽しかったですの」
「そう言ってもらえると幸いです。
「はいな。わたくしはフォーチュンと申します、ですの」
「僕はリヒト。リヒト=モルゲンシュテルン。フォーチュン、ご縁があればまた逢いましょう」
そう云って、黒い青年・リヒトは颯爽と列車を去っていく。
そして後ろ髪をひかれるように、ピンクの少女・フォーチュンについて考察を深める。
(さてさて。よりによって
彼は決して、フォーチュンの美しさに見惚れていたわけではない。
リヒト=モルゲンシュテルンは、
(――― なんにしても、これは好機だ)
不意に、どす黒い微笑をリヒトは浮かべた。
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